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2015年10月10日 (土)

C88を振り返る

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創作の原動力は怒りや憎しみだろう。

いや、怒りや憎しみがあるから創作させられるのか。

到底理解されないことを

少しでも理解されようと書く。

だがやはり理解されないのであり

罠を張って読者に想像を喚起させるも、やはり理解は遠い。

だが救いはある。

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今年は600枚の小説を書き上げることができたので

もう自分の好きなことはやらなくていいかと思えた。

読む人が罠に引っかかって想像力を喚起させられるものを。

このことだけを考えて

そのあと100枚前後の小説を2作書いた。

出来としてはこちらの2作が良かったかもしれない。

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影響を受けた作家として

ヴォネガットやディックを挙げがちだが

その前段階でもっとも強いインパクトを受けたのは次郎物語だった。

十代のころ、次郎物語を読んでいて

その按配がいいものだった。

漱石よりも次郎物語かな。

始まりなく終わりなく。

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今後は100枚前後の短いものを量産していきそうだ。

文芸誌へ投稿するのに適しているし

過剰な期待を作者が抱くような大作にならない。

決してならない。

作者からの突き放しで読者に任せた100枚。

罠はたくさん仕掛けたから、あとはそちらの人生経験で膨らませてくれ。

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小説を書くのは罠を張る作業だ。

ただの文字情報でしかない。

そこから何が想像できるか。

読者が膨らませていく過程を操縦しながら書く。

たまに裏切り、また弄ぶ。

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小説の長い歴史のなかで

あらゆるネタは出尽くしているので

ネタ自体が重複しようが気にしない。

そこはまた新たな表現でもっていく。

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インスタントなものになってしまうのか

それともポップたりえるのか。

ある程度、量産していくなかで

良いものも生まれるだろうと期待するしかない。

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ノーベル文学賞が発表され、村上春樹の落選が毎年のように話題になる。

その作品世界が持つ若さや幼さが

そのままに評価されえるのか。

それとも無駄に大人びた灰文だけが文学なのか。

町田康あたりが積極的に翻訳されていけば

あっさり獲りそうな気がする。

停滞はあるが、最初の10年で傑作を数作書いたなら

あとは死ぬまで10年に1作ぐらいでいいはず。

それが世界的にも全うなペース。

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日本の市場は音楽でも芝居や小説でも

過度な量産でクリエイターを消耗させる傾向にある。

そんなに忙しくやらんでも

だらだらするのも重要だろう。

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幼さという問題はつねに付いて回る。

幼さは果たして罪か。

それとも罰か。

日本人らしさを殺ぎ落とす行為が幼さの撲滅か。

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撮ったコスプレ画像を編集していると

気持ちが安らいでくる。

癒しだ。

この癒しの時間を大切にする。

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空気が乾燥してきたせいか

洗濯物の乾きがまた早くなってきた。

朝起きると喉も渇き気味。

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