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2011年1月30日 - 2011年2月5日

2011年2月 2日 (水)

アレックス・ブロスケ  清水エスパルスに完全移籍

27歳のオーストラリア人。

これまでのキャリアはオーストラリアでのプレーが大半。

FWの補強。

明日から三保のトレーニングに参加。

     

結局、岡崎はなんら言葉を持とうとはせず、

清水エスパルスからフェイドアウトした。

    

このオフの移籍は、激しいものとなった。

Jリーグ独自のルールだった移籍係数の撤廃により、

Jリーグも世界と同じ土台に立ったわけだ。

ゼロ円移籍によって、

富むクラブはさらに富むし、

搾り取られるクラブはさらに萎む。

いい点としては日本代表の強化に繋がること。

海外のクラブが次々と日本人選手をとってくれる。

悪い点としては主力選手がいなくなったのに移籍金が入らず、穴埋めの補強ができないこと。

果たしてJリーグクラブが、契約切れを迎える選手に対し、

海外同様、干すことが道義的にできるかどうか。

     

まあそもそも、

働く場所を変えるのは選手の自由だし、

終身雇用でもなく、毎年が勝負の世界なので

高いギャラを提示したクラブに移るのは必然ともいえる。

ただ共存共栄しなければ、リーグ自体が、フットボールビジネス自体が崩れる恐れがあるので、

その防波堤として、移籍金をとるのは大切なことだ。

     

日本代表選手のギャラアップを選手会が求めた際、

高木GKだけが怒りを示し、役員を降りた。

今後は富めるものはさらに富み、そうでないものには厳しい現実が待ち構える。

Jリーグクラブには、

スタメンに定着できないのに所属し続ける選手がいるが

こういう存在も淘汰されるだろう。

それはそれで身の程であり、むしろこれまでが世界的に見て異常だったのだ。

    

フットボールは世界でやっているスポーツビジネスなので

日本だけが鎖国するわけにはいかない。

大勢のJリーガーが、その深刻さに気づいてきたのではないか。

     

そして日本代表はさらに強化され、

世界のトップリーグで日本人選手が活躍し、

そのときJリーグはどうなるのか。

     

J1のチーム数を減らしてプレミア化を唱える人がいるが

そんなことをしても

選手のギャラが増えるわけでもなく、

有能な選手達はギャラの高い海外のリーグに行くだけだ。

    

チーム数を減らすことで、

レベルが上がり、ACL制覇へ有利になるのは事実だろうが

所詮、一つのチームが出せる強化費は限られており、

一番根本の理由たるギャラの問題が解決されない。

日本人選手のJリーガーで億をもらえているのは遠藤だけ。

    

レベルの高いリーグでプレーしたいという言葉の裏には

当然、ギャラを多くもらって経済的に成功したいという願望があり、

岡崎の年俸が一気に四倍に膨れ上がった現実からして、

そこの解決を図れずに、なんのプレミア化があろうかと馬鹿らしくなる。

たとえJ1のレベルが高くなろうが、

高額な放映権料を払ってくれるテレビ局などなく、

大勢の観客が詰め掛けるわけでもなく、

金銭的にプレミア化するとは、絵に描いた餅だ。

     

     

追伸……

いつも着ているコートの背中が、マジックペンの黒インクで汚されていた。

これは消えない。

たぶん三保のファンサ時、誰かにやられたな。

位置的に子供だろうか。

へこむ。

前のコートもマジックペンでやられた。

三保での唯一の難点といえば、

他者のマジックペンをいかにかわすかということか。

しんどいもんだ。

古着ですから、という顔で堂々と着続ける精神が大事かもしれない。

去年買った新品だけど……

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2011年2月 1日 (火)

清水エスパルス2011

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村松と橘のサインを前回は貰い損ねていたので

それを補完して、一応サインフラッグも完成。

というか、以前は毎年新しいのを作っていたが

東京の暮らしになってから、

新加入の選手を加えているだけです。

だから長谷川健太とゴトビのサインが両方入っている。

ものごとは積み重ねですから。

ぐつぐつ煮込んでいって、いい塩梅となったとき、結果が訪れるだろう。

    

     

長友がインテルミラノに移籍した。

言わずと知れた欧州覇者であり、世界一のクラブ。

思い出すのは数年前、天皇杯の明治大戦。

清水は再三リードされ続け、

青山のFW起用でなんとか追いつく展開。

延長戦でも決着つかず、PK戦でなんとか勝ち抜いた。

あの日の明治大スタメンには、

インテルミラノの選手がいたのかと思えば、苦戦も納得か。

    

長友がかつていたFC東京は、J2落ちしても主力が誰も抜けない。

東京から去りたがらない選手達。

都内の大学生を強化指定しやすく、

在学中でも体育会サッカー部を終えさせ、正式な選手登録できてしまう強みがある。

やはり東京。

そのアドバンテージは大きい。

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ムーンライトながら車両

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なぜ余裕をぶっこいて

三保グラウンドから歩いてきたかといえば、

このムーンライトながら車両に乗ろうと思ったから。

9車両、東京行き。

各駅停車でも新幹線レベルの乗り心地を。

快適な帰宅。

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三保グラウンドから清水駅まで歩いてみる

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花粉シーズンが本格的に到来すると、もう気軽に歩けなくなるので

この日は歩いてみました。

また旧三保駅のルートで歩いた。

三保半島を出て、

日本平スタジアム入口となる地点で、

3500メートルでした。

このまま歩き続けたのだが、

清浄センターのところで、清水港線のルートが遮断されてしまった。

仕方なく交通量の多い表通りを歩くことに。

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ドリプラはなんだかいまだにクリスマス。

風がないと、いくら気温が低くても、平気なものだ。

歩いていて熱くなってマフラーはとったし。

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ゲームに負けたら腕立て伏せ

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こうしたフィジカルのトレーニングなど

学校の体育ではやらせるものだが、

個々の成長の度合い、筋力の度合い、体構造と障害がまったく違うのに

同じメニューをやらせる教育は、

エリートに物足りないし、劣ったものに過酷だ。

勉強の科目もまったく同じであり、

エリートには物足りないレベルが続き、

劣ったものには習得がなされないのに、次々と進展させる。

劣ったものに、能力の無さを告げず、怠け者として人格否定を行う現実はあきらめるとして

エリートを飛び級させる制度はそろそろ必要かもしれない。

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ぐるぐる走る 三保を走る

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狭いコートでのゲームが、午後トレーニングのメインとなった。

見学者は少なめ。

昨日はあんなに大勢だったのに、今日は少ないのね、と

隣にいたご婦人のサポーターから話しかけられたりした。

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だが割合として子供が多かった。

客席スタンドを駆け回り、ベンチの上を走る走る。

この気持ちはよくわかる。

私も子供の頃、野球場などに行くと、

試合そっちのけで、客席スタンドを走り回ったものだった。

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セーラー服姿の女の子たちもいたり、

全体的に年齢層が低かった。

平日の昼間に集まった、どんよりとした大人達の空気。

これが、余りなかった。

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2011年1月31日 (月)

トレーニングメニューの間にジョギング

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トレーニングメニューの合間にジョギング。

これがゴトビ流。

一つのメニューが終わったらジョギング。

合間合間に必ず入れる。

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風がない=寒くない

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こないだ三保に来たときは、風が強くて激寒だった。

だが今日は楽勝。

まったく寒くない。

風さえなきゃ全然平気。

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そのおかげか、練習後のファンサも

選手達がばらけてゆっくり来てくれてよかった。

いつまでもグラウンドに残り、簡易のゲームをしたりする選手が多く、

寒くない日はいいものだ。

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新加入の選手を一通り見てきたが、

やはり期待と不安の両方が一番大きいのが、

ヴェルディからやってきた高木選手だ。

J2でのファンタジスタぶりはすでに知っているが、

実際会ってみて、体幹の細さが気になった。

これは太くなるものなのだろうか。

今のままでは、ステップアップの障害になるのでは。

今の二倍太くていいのではなかろうか。

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といっても、中村俊輔も同じぐらいの体幹だったと思うし、

今のままで大丈夫かもしれない。

ただ昨今の傾向としては、アジアカップの日本代表を見ても

かなりみんな体幹が太い。

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また三保に行くの巻  巻きとるコードリール

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昨日はツインメッセ静岡で、サポーターサンクスデーがあったようですが

行けず。

その代わりなわけではないが、今日は三保に行った。

午後トレーニングだけ行った。

2011年、二回目の三保。

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やはりノートパソコンがベンチの上にある光景。

それより存在感があるのが、延長コード。

伸びる伸びる。

パソコンがどれだけ軽量化されようが

太く長い電源コードが貫かれる。

コードリール・フェスティバル。

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ゴトビ監督がどうなのとか、

新コーチ陣や新加入選手がどうとか、

そういうものよりも

ピッチにあるコードリールがもっとも気になる。

パソコンやムービーがどうこうじゃなく

コードリールなんだ。

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岡崎慎司 シュツットガルトに完全移籍

アジアカップ後、

即ドイツ入りした岡崎。

メディカルチェックもこなし、背番号31のユニフォームを掲げて、

シュツットガルト入りが発表された。

     

移籍に際して揉めてしまった経緯があったが、

ドイツ・ブンデスリーガで成功を収めてほしい。

六年間の清水エスパルス時代が、

飛躍の大きな土台となるように。

      

いざいなくなると、大きな存在がいたのだなと痛感。

最初の数年間は出場機会が余りなかっただけに、

ひたすら堅実にやり続けること、挑み続けることの凄さを実証された。

     

2006年ぐらいが三保にもっとも通った時期だが、

ベンチ入りもできず延々と続くサテライト暮らしのなかで、

岡崎がシュート練習を終えて、ボールの詰まっているネットを抱えて引き上げてくる姿。

サポーターから気軽に冷やかされて、笑い飛ばす姿が頭に濃く残っている。

     

2005年加入組は、

兵働、青山、枝村が初年からスタメン定着しただけに

岡崎の存在はもっとも小さかった。

もっとも小さかった存在が、六年後に日本代表の岡崎となっていて、

ドイツに旅立つ。

     

私は親身になって岡崎を応援することはなかった。

北京オリンピック代表にしても醒めていた。

だがゴール裏で岡崎ゲットゴールを力いっぱい歌ってきたのは事実だし、

いつからか疚しさも消えて、

日本代表の岡崎を、清水のエース岡崎を応援できていた。

それはメジャーな存在に対する態度だし、

北京オリンピックに出場した頃、

急成長する岡崎に嫉妬を感じていたのも、また事実だった。

日本平スタジアムに立つことができず、三保グラウンドで歳月を費やしていた岡崎。

暇に任せてやたら三保に通っていたあの頃、

岡崎は希望の存在ではなく、Jリーグから転げ落ちていくその他大勢の渦中にいた。

    

岡崎のぶれない生き様。

新たなホーム、メルセデスベンツアリーナでの活躍を。

   

    

追伸……

サポーターサンクスデーがツインメッセ静岡であったそうで。

何年か前、夏場にやったときが一番面白かったかな。

冬に屋内でやられても、あまりピンとこないかも。

    

    

さらに追伸……

やはり移籍できていなかったようで、

この問題がどうなるのかまるで見通しが立ちませんが

どの立場のものにとっても、

被害が最小限で済みますように。

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2011年1月30日 (日)

李忠成がボレーシュートで決勝ゴール  アジアカップ優勝

アジアカップ カタール2011 FINAL

日本 1-0 オーストラリア  カリファスタジアム

得点 李忠成

     

ぼこぼこに攻められ続けた試合だった。

何度も何度も繰り返し、シュートを撃ってくるオーストラリア。

見ていてしんどすぎた。

格段の集中力でテレビに向かっていたが、

いい思いをさせてもらったことなど、ほとんどなく

つねにジェットコースターに乗っているような

スリルの連続。

いつ失点してもおかしくないところを、寸前でとめていた。

川島が試合中に活躍する試合となってしまった。

      

延長戦途中から入った李。

過密日程でやってきたファイナルだけに、

誰もが体力切れを起こしていて、

そんな中で長友だけがフルパワー全開で走り続け、

長友のクロスから、李がダイレクトにボレーシュート。

ゴール。

     

やられ続けた日本がチャンスをものにした。

    

延長後半ロスタイム、PAすぐ外でのオーストラリアのフリーキック。

直接決まることはなかったものの、

パチンコのようにPA内で弾かれ続けるボール。

なんとか負の連鎖を断ち切り、

試合終了。

    

李がゴールを決められたのは

カリファスタジアムが、広島ビッグアーチにそっくりだからか。

メインスタンドだけ屋根があり、

すり鉢状の陸上競技場。

李が所属するサンフレッチェ広島のビッグアーチに似ている。

李が矢を射るゴールパフォーマンスも

カリファに似合っていた。

    

やあ、もう本当にしんどすぎる120分でした。

李のゴールシーン以外、

見ていてまったく楽できない。

たまらない。

アジアカップ優勝。

日本がアジアの頂点に。

       

表彰式。

大会のMVPは本田圭佑が受賞。

全員が素晴らしかったが、やはりゴールをあげた李が飛びぬけて素晴らしい。

それが肝心な過酷で最高な舞台だから。

長谷部がアジアカップを掲げ、紙吹雪が舞い、花火が大量に打ちあがり、フィナーレ。

    

視聴率は33、1%。

深夜零時を過ぎてからの真夜中キックオフ。

日本中寝られませんでした。

家族の誰かが見ているだけというドラマやバラエティの視聴率と違い、

こうしたスポーツ中継は見ている実数が数倍に跳ね上がるので

かなりのものだ。

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