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2011年7月17日 - 2011年7月23日

2011年7月23日 (土)

セレッソ大阪 4-0 清水エスパルス  大阪市東住吉区長居陸上

お疲れ様でした。

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2011年7月18日 (月)

2011Jリーグ前半終了  清水エスパルスは6位

17試合終わりまして、ちょうど半分。

6位はまずまずの成果。

団子状態だから先行きはわからないけど、

ゴトビ監督は非常によくやってくれてる。

若い選手達はチャンスの大きなチームなんだと

人生をかけて挑戦してほしい。

      

なでしこJAPANの再放送を余裕を持って見ている。

生で見ていたときは、恐ろしくしんどいものだったが

今では至福なものだ。

     

なでしこJAPANの給与待遇面がクローズアップされている。

やはりフットボール内容のクウォリティからして

なでしこリーグに時間と金をかけて見に行く人がどれだけいるかというと

厳しいものはあると思う。

過去には女子サッカーに積極的だった企業も廃部が続く。

そもそも男子スポーツですら

日本でプロとして食えるのは野球とサッカーぐらい。

オリンピックやXゲームの各種目でプロ活動している海外のアスリートを見るに

ファンを獲得していく努力が、プレイ以外の面で必要なのだろう。

     

なでしこJAPANのワールドカップ優勝が

久しぶりに日本に明るい光を与えたのは大きな事実。

人生はろくなもんじゃないが

世の中は色々あるから

どうか元気でお気をつけて。

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女子W杯ドイツ  なでしこJAPAN世界一で幕

最後まで冷静にあきらめなかった澤のゴール。

岩清水がレッドカードを受けてでもとめたアメリカのカウンター。

海堀の素晴らしいPK戦セービング。

大きな目標の達成。

    

澤が壇上でワールドカップを高く掲げ、

黄金の紙ふぶきが舞い上がった。

世界一の日本。

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澤穂希  MVP&得点王 ゴールデンシューズ授与

素晴らしき晴れ舞台。

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なでしこJAPAN ワールドカップ優勝

つねにアメリカにリードされ続け、

何度駄目だと思わされたか。

それでも追いついた。

澤がやっぱり決めた。得点王。

      

本当に最後の最後の最後まで凄かった。

    

PKのコイントスで、データ的に有利な先攻がとれなかったときは、

かなりやばいなと思ったが、

そこをひっくり返すのも、この試合の流れだった。

     

それにしても、アメリカがPKで三連続失敗。

しかも枠を外したのは一度だけで

二度はGKの海堀がとめた。

       

超満員のフランクフルト、

五万人の観客の前で世界一。

なでしこJAPANがワールドカップ優勝。

    

澤は翼君になれた。

日本がワールドカップで優勝した。

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女子W杯決勝戦 日本 2(3PK1)2 アメリカ合衆国 フランクフルト

得点 モーガン 宮間 ワンバク 澤

澤を先頭に選手入場。

控え選手はジャージ姿で少し寒そう。

屋根は完全に閉じられている。

     

フランクフルトスタジアムは超満員。

ウェーブが起こっている。

    

のっけから危ない。

ドリブルのまま攻め込まれ、至近距離からシュートを撃たれる。

なんとか弾いてコーナー。

    

アメリカがしこたまシュートを撃ち続け、

日本はまったく防げていないが

シュートがすべて枠の外。

またはバー。

     

前半の最後はいい形が幾つか出た。

前半終了。

     

アメリカがまたしてもビッグチャンスをふいにする。

この決定力のなさは逆に凄い。

    

FWの大野と安藤を下げて、

丸山と永里を投入。

FWの入替。

その永里がボールキープしたまま多くのアメリカ選手に囲まれる。

アメリカはボールを奪ったあと、前線にロングボール。

それを決めてアメリカ先制ゴール。

     

残り20分。

      

もう駄目かと思っていたら

宮間のゴール。

最後までわからんな。

    

90分終了、

延長戦へ。

    

延長前半、ワンバクのヘディングゴールが決まり、またアメリカリード。

延長前半終了。

残り15分。

      

アメリカGKが負傷アピールで時間をかける。

あと5分。

宮間のコーナーキック。

澤が押し込んでゴール。

またしても同点に追いついた日本。

     

丸山を下げて岩渕。

残り1分。

    

アメリカのチャンスをスライディングタックルで潰した岩清水に一発レッド。

退場。

      

アメリカのフリーキックを防いで、延長戦終了。

PK戦に突入。

     

アメリカの一人目を海堀が足でとめた。

宮間は逆を突いたゆるいシュートで見事な成功。

アメリカ二人目は宇宙開発。大きく上に外した。アメリカ二連続失敗。

永里は失敗。

海堀、今度は完全に読んでパンチングセーブ。アメリカ三連続失敗。

阪口は成功。

アメリカ初成功。

熊谷が決めて、日本ワールドカップ優勝。

   

なでしこJAPAN、世界一に輝いた。

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清水エスパルスのバギーカー盗まれるも逮捕

グラウンドを走るバギーは

RCカーを実物化したようで格好いいもの。

ボールやドリンク、コーンなど

多くのものを運べる。

それを盗むとはなあ。

無事逮捕となったが、

バギーは製造台数の少なさから転売は難しそうだし

なんだろなあ。

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2011年7月17日 (日)

ブロンズリボン昇級 ~王立アフィリア魔法学院~

というわけで、

今夜をもって

ファーストステップであるブロンズリボンに昇級することができました。

     

王立アフィリア魔法学院では、

魔法使いのスキルに応じて、リボンカラーの色分けがなされています。

入学したときに需給されたブルーリボンカードには

パンチ穴が空けられた。

ユイTさんと一緒にパンチの取っ手を押すという儀式が行われたが、

このブルーリボンカード、

非常に屈強でして

一個穴を空けても、二個、三個と穴を空けても、

レジに通すと機能してしまう。

しょうがないので、ユイTさん一人で穴を空けると、

ようやくレジが反応しなくなった。

    

そして私には、どどめ色の新しいブロンズリボンカードが需給された。

どどめ色のブロンズカード、

これを使うことで、これまでよりディナータイムのドリンク代が100円引きなのでした。

どんどん昇級していくと、最後はドリンク代が0円になるという仕組み。

まあ、ランチに来たり、六本木のスターズや上野のシェリーズを使う分には

リボンカラーの昇級は余り関係ないかも。

      

来店ごとに一つ貰えるコインを溜めても

リボンカラーの昇級があるのですが、

まあ、コインは魔法写真をとったり、魔法料理を作ってもらったり、

色々あるので、

単位を溜めるのが通例かな。

     

池袋の魔法学院は

ランチタイム以外に来ると、

ランチの三倍の料金なので(飲み放題とはなるが)

足が遠退き、

六本木のスターズや上野のシェリーズに行きがち。

キャストとのお喋り重視なら、

スターズやシェリーズが、がっつり行けるだろうし、

池袋の魔法学院は、カフェテリアの雰囲気をどれだけ楽しめるかという部分かな。

池袋、上野、六本木と

三店舗のキャストにも一通り会え、

逆にいまだに会ってないキャストは

超レアキャラなので、

今後もまず会えないだろう。(ほとんどシフトに入らないサーガメンバーなど)

       

日常の虚無を埋めるためのアフィリア通い。

虚無なんだよ。

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新幹線で東京に帰るの巻  UNICORN

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大砲から吹っ飛んできた紙テープを持ち帰るのもツアーの一環。

サムライ5では、

小旗を客全員が握りしめ、

旗振りパフォーマンスとなるのだが、

私は小旗を用意していなかったため(事前情報をシャットアウトした影響)

この紙テープを振っていた。

    

静岡駅の構内には、

清水エスパルスやアルビレックス新潟のユニフォームを着た

サポーター達の姿が多く見られ、

彼らの立ち振る舞いから、

清水の勝利が予感できた。

私は携帯電話に電話機能しか契約してないので

ネットで結果を知ることはできないのだ。

その予想は正しかったことが帰宅後わかった。

    

東京行きのこだまは混んでいた。

ひかりなんか乗らなくて良かった。座れなかったら最悪や。

ユニコーンTシャツを着ている人もあちこちに。

      

東京は田舎ものと外国人の溜まり場で、

誰でも気兼ねなく暮らせる。

山手線に乗り換えると、洒落っけの無さに

東京を実感。

東京なんだなあ。

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さよなら静岡市民文化会館  UNICORN

Zp1120332

帰り道はみんなぞろぞろ

静岡駅に向かうので迷わない。

会館前を出た路線バスと並んで歩いていった。

追い越したり追い越されたり。

歩いて静岡駅に向かう集団と、

鮨詰めの路線バスが

ちょうど同時に静岡駅に着いた。

プラスマイナスゼロ。

帰りの歩きも懐かしい。

駅前はずいぶん変わってしまったけど。

静岡市は故郷ではないし、

思い出の場所とも違って

微妙な位置を占めている県庁所在地。

東部の人間は地元と東京を胸に生きているので

完全に地方都市として独立した静岡市に

遠さも感じるし、あこがれもある。

汗を含んだTシャツが夜風に触れ、冷ややか。

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ネタバレ注意  ユニコーン2011ツアー in 静岡

まだツアーは半分終わったところ。

これからライブを見る方も多いと思うので、

ここから先は、

ドラッグしてもらわないと、見られないようにしよう。

今の時代、ネットで内容がいくらでも漏れてしまうので

今回のツアー情報はすべてシャットアウトして静岡に向かった。

だから新鮮だった。

色々知ってた上で見たらつまらんでしょ。

      

ステージは船の甲板。

今回はアルバムジャケットZ同様、

海賊がテーマ。

ユニコーンのメンバー全員も

アルバムジャケットと同じ

パイレーツ・オブ・カリビアンのジョニーデップのような

格好で登場。

     

メンバー位置は下手にエビ、中央よりやや上手に民生、上手にテッシー。

後列の低い段上に、下手に阿部、中央に西川、上手に民生ドラム。

さらにその後ろが船の甲板となっていて、

高い通路が舞台演出で使われた。

前回ツアーにはあった、民生隣のお立ち台は消滅し、

各メンバーは自分のボーカル曲だからといって、お立ち台に行くわけではなく

各場所でそのまま歌うことが多かった。

阿部が前に出てきたときだけ、臨時でスタンドマイクが

民生隣に用意され、

阿部が去ると同時に撤去されていた。

テッシーのキーボードも使用頻度は多くないのだし、

これと同様に出し掃けしてもらいたいものだ。

ギタープレイが見づらくなるので。

      

MCで反応のいい声援に対し、

民生が「静岡のみなさんは垢抜けてますね」と言っていたが

これは、あちこちで前回の復活ツアーを観てきた自分としてはよくわかる。

なんかこう、大人ぶって控えめになってしまう土地や

行儀よくしてしまう土地が多いなか

今回の静岡は弾けていた。

武道館よりも埼玉よりも山形よりも弾けていた。

まずほとんどの客が、手拍子ではなく立てノリ。

20年前の活動時だったら当たり前だった立てノリだが、

前回の復活ツアーでは、

どのホールでも手拍子がメインになっていたので、

そういうもんかと思ってた。

だが静岡は手拍子より立てノリだった。

そしてMCのコール&レスポンスも激しい。

誰も控えめにしてない。

それはとても良いことだった。

なんでもかんでも手拍子って、違和感あるので。

      

序盤でWAOが歌われ、

いよいよサビの部分、

テッシータッピングソロが始めるなという時点で

大きな異変が。

なんとテッシーの体が上空に浮かび上がったじゃないか。

ミュージカル「ピーターパン」のような

ワイヤーアクションで

テッシーがギターを弾きながらステージの上空を漂う。

これには面食らった。

堂本光一が舞台で上空を飛びまわっているという話は聞いたことがあるが

ギターを弾きながら空中を漂うのは、日本でテッシーぐらいじゃないか。

あとはKISSがやってた程度かな。

ワイヤーに吊られたテッシーが舞台上を

ピーターパンのように飛び交う。

そして弾かれるタッピングソロ。

アンコールのとき、阿部が「俺がサビを歌っているのに、

誰も俺を見ていない。おまえのせいだ!」

とテッシーをいじっていたが、

まさか空を飛ぶとはね。

テッシーのこのライブ全体において、非常によく飛んでいた。

ワイヤーの付け外しは意外と簡単なようで、

白黒海賊シャツのスタッフがテッシーの背後にやってきては

腰の辺りにワイヤーをくくりつけていた。

      

テッシーボーカルの手島いさむ物語では

テッシーが高く高く、

ホールの天井に届くぐらいまで上昇し、

ステージ真ん中の天井近くで歌っていた。

Aメロの掛け合いやBメロはまだきちんと歌っていたが

他のメンバーのコーラスも入るサビは

もうほとんど歌えていなかった。

誰もが真上を見上げ、

なぜこんなことになってしまったのかと笑い転げ熱狂。

飛ぶという発想はなかったな。

まさかテッシーをホール上空を飛び交うツアーになるとは。

ワイヤーは客席からもはっきり見えるので、

ステージ上空に、端から端までワイヤーが吊ってあるなとは

客席入場したときから気づいていたのだけど

そこをテッシーが吊られて飛ぶとはね。

       

ニッポンへ行くの巻では、

テッシー抜きで四人が演奏。

間奏では、テッシーがシタールを弾くはずなのだが、

民生がそのままギターでソロを弾いてしまった。

テッシー抜きのままなのかと思いきや、

間奏が伸び、

今度はこいのぼりの仮装をしたマーメイド姿のテッシーが

上空に登場。

上手側からの登場だったが、最初から高い場所に吊られていた。

てしのぼりは、ひれをバタつかせながら

今回のツアーグッズを紹介し、

ずた袋から客席に投げていた。

      

あとはもう、ここぞという要所要所で、

テッシーは飛んだ。

飛んで飛んでテッシー。

ワイヤーアクションで魅せた。

      

ハヴァナイスデーでは、

民生がハンドマイクで歌い、上手と下手の花道にも現れ

阿部がギターを弾いた。

歌詞を「故郷は静岡、私も昔は、お茶を~♪」

と変えるあたり

ベテランの地方巡業といった趣を感じた。

      

Zというアルバムは阿部の曲が一番多いのだが、

テッシーに食われてしまった印象。

テッシーの採用曲は少ないが、

ギタリストとして一番貢献できたアルバムとなったし

ツアーでもピーターパンのようにステージ上を飛びながらギターを弾き、

一番目立っていた。

本来なら、こうした目立つポジションは阿部のものなのだが、

どうもテッシーに食われ気味な阿部。

      

そんな阿部のピアノソロから始まったメイビーブルー。

メイビーブルーは20年前の活動時にも

生で聴いたことはなかったので

非常に高まるものがあった。

20年前、寿司屋の有線でメイビーブルーが流れていたのを思い出した。

      

シンデレラアカデミーでは、

後半のサビで、

上手側の花道を歩きながら歌っていた民生が

マイクを客席に振って、

歌うように促したが

余り誰も歌いださず、

苦笑して自分で歌い直していた。

そのぐらいノリが良かった客席。

超立てノリ。

手拍子なんてまるで無し。

     

パパは金持ちでは、民生がドラムを叩きながらの歌唱となったが、

民生ドラムは座りでなく、

中腰に腰掛けて、一見、立ちながらドラムを叩いているような按配。

立ちドラムで

シンセドラムの効果音は、スーパーマリオ的な音源を使っていた。

歌い終わったあとの各メンバーのSHOWでは、

一人ずつ長めにライブアレンジで。

     

そのあとは、君達は天使。

エビの歌声は少し上ずった感じであった。

エビにおいて特徴的だったのは

ピックを使わずに

親指で弦を弾く、

コントラバス的な奏法が多かったこと。

ニューアルバムZの曲は、

多くがこの親指弾きで演奏されていた。

      

いかんともしがたい男では、

民生は歌だけで、ギターはテッシーがエレキでアコギ的なコードを追っていった。

阿部がノートパソコンを操作するところから始まる曲も多く

時代を感じさせる。

     

車も電話もないけれど、では

ステージ上手下手に配置された大砲から

輪の煙が発された。

これはMCのときに多用され、

話にオチがつくと、

大砲から輪の煙が発され、そのたびに客電が点いた。

      

HELLOは特別好きな曲でもないのだけど、

西川君の熱狂的なドラミングには心を打たれた。

YOSHIKI的なノリ。

アイポッドで聴いているだけでは到底伝わってこない

生演奏の激しいドラミング。

ドラムセットは揺れ続け、

シンバルとバスドラが噛み合った弾けた音がホールを貫き

スネアを叩き回る上半身の動き

生演奏はリズム隊の楽器パートが

体感され、

CDで聴くのとは違った印象を受ける。

特にドラムスは直接響いてくる。

     

ブルースの管楽器イントロを、

テッシーがキーボードで弾くのだが、

民生から駄目出しが何度か入り

そのたびに違ったアレンジに挑戦していた。

ニューアルバムでも披露したエビと西川君によるラッパーコンビ。

ステージ最後列の高い甲板に二人が上がり、

ラップを繰り広げる。

      

オレンジジュースは民生のギターとエビのベースがユニゾンし、

深みがあった。

デジタルスープのソロは、てっきり民生が弾いてるもんだと思っていたので

テッシーが指に金属管をはめて

粘っこいソロを弾き始めたのは意外だった。

    

Zの曲はほとんどやって、

残りの半分を過去のアルバムから均等につまんでいった選曲。

      

アンコールはテッシーのワイヤーアクションからまた始まった。

今度はテッシーがワイヤーで吊られるだけでなく

ブランコのようなものに立ち乗りし、

ステージ中央の上空、

天井近くの高い場所に登場。

座ってくれというテッシーの要請で、

客は大半が座席に座り、

真上のテッシーを見上げる。

そしてテッシーはアコースティックギターの弾き語りで

オールウェイズを歌い始めた。

このライブ、初めての手拍子が起こった。

それまで本当に手拍子とは無縁だった。

スプリングマンから演奏したのって、この曲だけか。

     

演奏のあとは、

テッシーがMCをして、

メンバーを一人ずつステージに呼んでいき、

自己紹介となった。

そして阿部ボーカルでサムライ5。

まあサムライ5は悪くないが、

間奏のMCが間延びして、

あまりパッとせんかったな。

座席の下に阿部が仕込んでおいたプレゼントを

発表していくという試みがなされたりした。

     

最後のアンコールは、裸の太陽。

この曲はとてもいい。

伸び伸びとしてゆるやかで民生の歌声も響く。

歌い終わると、ぶたぶたがBGMとして流れ、

それに合わせてメンバーが挨拶してステージを掃けた。

ぶたぶたは演奏しないのだな。

そんなポジションのシングルカップリング曲でありアルバム未収録曲。

      

三時間のライブが終了。

テッシーが空中に浮かんでギターを弾いている印象が濃く残った。

熱狂や射精の寸止めのようなエクスタシーはなかったが

楽しい三時間でした。

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トイレ共用で10列目  UNICORN

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ホールに入場してからトイレに行った。

男女のトイレが分かれてはいるのですが

洗面所が共用!

なので一瞬、女子トイレに間違えて入ったのかと思った。

珍しいよね。

なんかこう弱る。

どうしても男が圧倒的に少ない公演なので。

       

席はファーストクラスなのですが、

10列目。

でも10列目で見易さはあった。

ちょうど客席に傾斜が生まれ、前列との高低差もあったし、

ステージ全体を見渡せた。

下手寄りでエビ正面。

大半の席で、

上手のテッシーは、キーボードが邪魔でギタープレイが見づらいのですが、

下手側から斜めに見ることで、

テッシーのギタープレイも見やすくて良かった。

エビと民生の間に

後列の西川君が納まり、

ドラムプレイを見やすい場所でもあった。

     

前回の復活ツアーでは、初日の山形でもっと前の座席だったが

スピーカーに近すぎて耳が壊れ、上手く聞き取れていなかった面もあった。

10列目の今回は耳が潰れることもなく、

最後までよく聴こえた。

    

でかい体育館でやるライブより

このぐらいのホールでやるライブの方がいいもんですよ。

    

それにしても、席の隣が

左右両方とも

体重100キロ超えと見られる女性で、びっくりした。

さらに前列にもそんな女性が。

なぜこんな大きな女性達がこの場所に集中しているのか。

みな身長が低く、風船のように膨らんだ体をしていた。

まあ別にいいのですが。

ウケる。

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ユニコーンツアー2011  ユニコーンがやって来る zzz...

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さあ、開場時間が近づいてきた。

前回の復活ツアーからそうですが

客が分別ある中年ばかりのせいか

入場はするする速攻です。

20年前の静岡でのユニコーンライブでは、

空港でやられるのと同じような具合に

全身に機材を当てられ、不審物の持込がないか

一人一人身体検査された。

20年前のチケット代は3000円。

今回は10000円!

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前回の復活ツアーでは

静岡県の公演は浜松だけ。

遠州の浜松を同じ静岡県と感じられる東部の人間は少ないだろう。

なにしろ東京へ行くより遠い。

時間も金もかかる。

そのぐらい静岡県は東西に広い。

静岡公演がないのかと、がっかりした。

だが今回はようやく20年ぶりの静岡公演。

ユニコーン再来。

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中年ばかり集まって静岡。

そろそろ日本平の新潟戦がキックオフするなあと思いつつ

ユニコーンツアーへ入場。

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20年ぶりの静岡ライブ  UNICORN

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静岡市民文化会館で、ユニコーンのライブを見たのは

前回がまだ高校生の頃で

約20年前。

あのライブはもう本当、たまらないもので

ライブの時間すべてが、射精の寸止めのような興奮とエクスタシーだった。

音楽がどうとか、会場の雰囲気がどうとか、そんなんじゃなく

自分の大好きな、あこがれのユニコーンが

目の前で演奏してるっていう、それだけで感動で

頭で何も考えられず、

ライブ中、ずっとぶっ飛んだ精神状態になっていた。

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そうした十代の精神に、

今の中年の自分がなることは、もう二度とない。

十代の自分が自宅のステレオで

ユニコーンを聴いていたときに感じたエクスタシーは

永久に失われたし

20年前の静岡でのユニコーンライブで体感したような

茫然自失の感動は、人生において二度とやってこない。

実は、今の中年の自分が

また静岡でユニコーンのライブを見てしまうのが怖くもある。

どうしても客観的にライブを見てしまうからだ。

20年前にこの場所で体感したユニコーン。

当時の彼らは今の僕より若かった。

ユニコーンは93年に解散するまで、

静岡市民文化会館を満員にしたし、

今また復活して、チケットは即完売。

ユニコーンを愛している人達がたくさんいる。

十代の僕が人生の師匠にしたユニコーン。

あれから20年。

僕はまた静岡市民文化会館にやってきた。

ユニコーンのライブを観るために。

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静岡市民文化会館に到着  UNICORN

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なんとか着いた!

今回も迷いながら着いた。

前回ここに来たのが95年のスピッツのライブなので

16年ぶり。

16年ぶりに来たが、余り変わってないのは少し安心。

入口にはユニコーンのツアートラックがとまっていて

早くもライブ気分。

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静岡市民分会館には、たくさんのアーティストのライブを見に来ました。

レピッシュのツアー初日、

熱心なファンの方が三度目のアンコールを成功させようと、

観客全員に花を配って回ったのに

一度のアンコールで終わってしまったり。

2000人入るホールに100人ぐらいしか集まらなくて

バンドブーム終焉の公演だった。

上田現さんが亡くなられたとき、

その公演を私と同じように見に行った人とコメントを交わすこともできた。

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屋根つき商店街  UNICORN

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思いきり道を間違えて、

かなり大回りして、ようやく見えてきた駿府公園。

高校生の頃から

駿府公園にストレートに行けた試しがない。

絶対迷う。

だが屋根つき商店街に遭遇し、

ようやく駿府公園に辿り着けます。

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新静岡駅を通過  UNICORN

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プリントアウトした地図を見ながら歩いているのだが

さっそく迷った。

もう全然わかりません、静岡市。

なぜか新静岡駅前に出た。

予定ルートから、さっそく外れてます。

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静岡鉄道にはまだ一度も乗ったことない。

一度ぐらい乗っておくべきだな。

沿線になんの用事もないのだけど。

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駿府公園を目指せ  UNICORN

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静岡駅前もずいぶん変わった。

沼津駅や清水駅はよく利用するので、

変化に対応できているが

静岡駅前は実は余り知らない。

地下を進んで、駿府公園を目指す。

駅から駿府公園は少し離れているので、

土地勘のない人間としては少々やっかい。

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静岡市だよ全員集合  UNICORN

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暑いです、静岡。

静岡県は東西に長く、

人口が西の遠州に100万人、中央の駿河に100万人、

東の駿東伊豆に100万人と

人口が分散しているので

三つの県が合体しているような感じ。

それでいて東部100万人の暮らす土地には

何もないんだなあという寂しさもある。

人口70万の山梨だったり、小さな県でも、国立大学やJクラブや文化があるのに

東部は一番東京から遠い首都圏というだけ。

     

そんな土地で育った人間からすると

様々な文化を備えている静岡市はうらやましくもある。

自分の県の県庁所在地というよりは、

隣の県ぐらいの印象が強い。

沼津はやっぱ沼津なんだよね。良くも悪くも東部の中心だし。

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静岡へ行くの巻  UNICORN

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久しぶりの静岡駅前。

エスパルスの試合や練習を見に、

清水駅に行くことは多いのだが、

静岡駅は縁がない。

     

静岡東部の出身者としては、

高校生ぐらいから東京に行くようになってしまい

実のところ県庁所在地の静岡市は

余り縁がなく

沼津より西に行くことってあんまないんだよね。

そんな中、唯一、静岡に行くのが

音楽のライブを見に行くときだった。

静岡市なら人気アーティストもツアーに来てくれるし

東京じゃとれないチケットもとれて、

箱も小さくて見やすく面白い。

そんな静岡市に久しぶりの到着。

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ユニコーンのライブに行ってきた

とにかくテッシーが凄い。

テッシーに尽きるライブ内容でした。

今回はアルバムジャケットからしてテッシーがセンターなわけですが、

ライブでもまさにセンターな役割。

手島いさむショウ!

そんな三時間でした。

テッシーの時代。

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清水エスパルス 2-1 アルビレックス新潟  OUST日本平

得点 石川 小野 高原

中二日の清水に対して、一週間空けての新潟。

このハンデを跳ね返しての勝利。

高原がもっとも貢献してくれた。

新潟の選手が退場し、

相手が一人少なくなってからのゲームをものにできたのも成長だ。

どんな状況であろうと勝ち点3。

     

追伸……

いまスカパーの再放送を見ているが

新潟のGKって

鹿島にずっといた小澤なんだね。

鹿島で10年以上ベンチを温め続けて

プロ生活を送ってきた人物。

キャリアの長さのわりに、ほとんど試合に出たことがない。

そんな屈強の人生を歩むGKが

いま新潟でスタメンなのだ。

500試合を達成したテルより一つ年上。

だが小澤の出場した試合は、まだ数えるほど。

テルの500試合の陰で

新潟戦のGKが小澤だったのも印象深いものだ。

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伊東輝悦 J1リーグ500試合出場を勝利で飾る

ヴァンフォーレ甲府 4-3 ガンバ大阪  山梨中銀陸上

この試合もフルタイム出場だった伊東輝悦。

ハニロウとタメのJリーガー。

清水を応援し始めた頃は、まだ多かったのに

いつの間にかすっかり年上のJリーガーが消えてしまって、

タメもほとんどなくなり、

自分の年齢を感じさせられる。

だが、いまだJ1リーグで毎試合フル出場を続けているテル。

J1リーグ戦の最多出場を毎試合更新中。

今夜、ガンバ大阪戦でメモリアルの500試合を達成した。

    

500試合達成は無問題だったが、

その試合を勝利で飾れるかどうかが大切だった。

相手はよりによって強豪のガンバ大阪。

激しい打ち合いの末、テルは勝利をつかんだ。

     

テルが初めて世間的に注目されたのは、

アトランタオリンピックだと思うし、ブラジルを破ったゴールは有名。

そのときのオリンピック代表監督である

西野氏が現在監督を務めるガンバ大阪との対戦となり、西野監督を打ち負かした。

フランスワールドカップでは代表23人に選ばれるも

ピッチに立てず三試合ともベンチだったテル。

あれから13年が経ち、

テルはJ1リーグ戦、500試合出場を今夜達成した。

そして勝利で飾った。

       

年齢などどこ吹く風で、

甲府で全試合スタメン&フルタイム出場を続ける。

だからといって、今の甲府の順位から考えると、それを手放しには賞賛できない。

だからこそ、

このメモリアルゲームを勝利で飾れたのは本当に嬉しかった。

勝利しなきゃ意味がない。

どんなものにも代えがたい勝ち点3。

それが添えられなきゃ500試合達成はなんの意味もなかった。

     

日本の最高峰リーグで

20年近くプレーしてきた鉄人。

J1のリーグ戦はすべてが貴重な一試合一試合。

それを500試合積み上げた。

そのほとんどが清水エスパルスの選手としての出場であり、

今年から甲府在籍になってしまったのは寂しさもあるが

まだJ1でプレーできるのだと喜んだ清水サポーターも多かったはず。

      

J1リーグ500試合を勝利で飾った伊東輝悦。

次、目指すのは600試合達成ではなく、

来週のJ1リーグ戦にまた出場し、勝ち点3をもぎとることだ。

それ以外の目標は存在しない。

それを積み重ねていった結果の500試合だから。

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