« 2011年3月6日 - 2011年3月12日 | トップページ | 2011年3月20日 - 2011年3月26日 »

2011年3月13日 - 2011年3月19日

2011年3月18日 (金)

チョジェジン引退

清水エスパルスで活躍したチョジェジンが引退となった。

まだ若いが、股関節痛がどうにもならなくなったようだ。

ボールをトラップして蹴るサッカー選手の職業病。

    

だいらを揺るがせ!と我々サポーターは叫び、

国立揺るがせ! 埼玉揺るがせ! 万博揺るがせ! 博多を揺るがせ!

と日本全国を揺るがし続けた。

パン・パン・パパパン ウォオオオオオオオ JJ!

と手拍子も打ち続けた。

    

2005年はジェジンとテウクの韓国人二人がチームを引っ張ってくれ、

夏以降に加わったマルキーニョスと共に、

なんとかJ1残留を果たしてくれた。

     

2006年はスタメンが若い選手達に一新されたこともあり、

ジェジンとマルキーニョスの2トップで

清水は4位になれた。

高い背丈を活かし、前線でボールを受けて味方に落とし、ポストプレーに有効だった。

ドイツワールドカップでは、清水から唯一出場することができ、

グループリーグ三試合ともスタメンで、

パクチソンのゴールをアシストした。

2006年のプレイングタイム・ベスト11で、いまだ清水に残っているのは枝村だけ。

      

彼のキャリアにおいて、清水エスパルス時代が頂点であり、

その後は不遇が続き、

本人もつらかったろう。

オレンジのユニフォームを着ていた時代を誇りに生きていってほしい。

     

私が一番印象深いのは、

平日ナイトゲームのナビスコカップ、グループリーグ最終節だ。

大量得点で勝たなければいけない試合。

ゴールを決めたジェジンが、すぐにボールを拾い上げ、センターサークルを目指した姿。

試合は3-0で勝ったが、決勝トーナメントには行けなかった。

あのときのゴール裏、野次ばかりだった前半、猛烈な応援となった後半、

メインやバックスタンドの客達の感涙、

大きなドラマだった。

     

     

計画停電が実施され、

電気のない大変さを実感させられる。

昼間の停電ですら、よほど日当たりのいい建物以外は読み書きが困難になる。

毎日停電。

発電所が崩壊した時点で、

この計画停電に終わりはないわけで、

どうしたものか。

|

2011年3月17日 (木)

ニュージーランド代表は来日せず  Jリーグ選抜との試合に変更

大阪の長居陸上で行われるはずだったニュージーランド戦ですが、

ニュージーランド代表が来日を取りやめたため、

代わりに日本代表とJリーグ選抜とのチャリティーマッチとなりました。

    

福島原発はいまだ危機的な状況。

情報の少なさは、様々な問題を引き起こしている。

    

実家の猫はすっかり回復した。

年寄りなので、少し歩いては休憩で、餌場に駆け寄ることもできないが、

細く長く生きてほしい。

|

2011年3月16日 (水)

静岡のモンテネグロ戦中止  ニュージーランド戦は大阪に変更

昨晩は震度6の地震がありました。

日本はひどくつらい状況です。

福島原発がどうか収まってくれますように。

   

スポーツに関していえば、

震災と関係ない西日本での興行は、

かまわないと思う。

東日本の我々は計画停電等で、それらを見られるような状況下にもないが、

経済活動が日本中で滞るのも怖い。

私もスーパーでお米が買えず、買占めの脅威に晒される東日本ではあるが、

西日本は健全に元気でやっていてくれ。

たぶん東日本、首都圏をとりまく切羽詰った状況は

西日本の人達には無縁のものだろうが

良かれ悪かれ無縁のまま、平静を保っていてくれたらいい。

日本中が恐慌に陥るのは不味い。

    

実家の猫は危篤を乗り切って、体力を回復させてきた。

まだ満足には食べられないが、

生きる力に溢れている。

|

2011年3月14日 (月)

Jリーグとナビスコカップ 3月は全試合中止

福島原発の事故は終わりが見えない。

計画停電の影響で電車が走らず、都市機能は麻痺したままだ。

|

2011年3月13日 (日)

福島原発事故

日本全体の生死に関わる重大なもの。

どうか被害が最小限で収まってほしい。

地震と津波が引き起こしたあまりに大きな被害。

   

私にとっての小さな命、実家の猫は、

少し食べたり飲んだりできるようになり、

危篤を回避したものの

いまだ身動きはとれず死の縁にいる。

安楽死させるという話を電話で聞いていたが、

いざその決断を迫られると誰もそんなことはできず、

むしろ餓死を選ぶのが猫の誇りだろうということになった。

意識が朦朧として体の苦痛もあやふやになり、

じっとしながら死に向かうのが猫としての誇り。

生きてくれと無理させることはできない。

穏やかにそのときを迎えられたらいい。

|

« 2011年3月6日 - 2011年3月12日 | トップページ | 2011年3月20日 - 2011年3月26日 »