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2008年7月13日 - 2008年7月19日

2008年7月18日 (金)

いつも通りの敗戦  等々力にて

等々力競技場といえば南武線。
川崎市民は世田谷区や大田区の外れに住んでいるという意識しかないのではなかろうか。
東横線、田園都市線、小田急線、どれも渋谷、新宿に向かう。
渋谷や新宿から20分ほどの街に住んでいる。
アドレスは神奈川県川崎市らしい。
そんな東京意識しかない川崎市民をぶちのめす、これが川崎市の電車だといわんばかりの南武線だ!
東西に長い川崎市に、唯一つながりを持たせる鉄道。

等々力競技場は、陸上トラックをフロンターレの水色にしてしまおうと、川崎市長が言った。
すると陸連がぶちキレた!
せっかく日本選手権を開催してやるのに、水色のトラックとはなんじゃもんじゃ!
人工トラックとはいえ、運動場の土を忘れるな!
土色がいいの。水色なんて絶対駄目!

そこで折衷案として、陸上トラック以外の部分を水色にしてみました。
この解決により、先日の日本選手権では、為末選手が見事ハードルで優勝。
渋井が女子10000メートル走で優勝。
そしてフロンターレはどうなるのか?

川崎の運営力と動員力、地域密着力は凄まじい。
もし専スタが与えられたら化けるな。
親会社の不調など関係なし。

帰りの東海道線では、川崎から乗って、横浜の大量入れ替わりで座れて良かった。
運が悪いと平塚まで座れないこともある。
同じ東海道線にはフロンターレサポーターもちらほらいて、小田原や二ノ宮で降りた女の子達もいた。
やっぱベルマーレはスルーやねえ。
マリノスもスルーなんだなあ。

ピッチにはゴールキーパー達がいち早く登場し、アップを開始。
試合前は希望と緊張と恐怖が混じり合う。
サッカーに理解の深い経験のある人達なら、この視界でも充分観戦できるのだろうが、俺はピッチで何をやってるか、さっぱりわからんかった。
ただもう、二つのゴールネットを見比べて、ゴールが生まれていないのを確認するのみ。
ピッチからの遠さは視野の広さを生むはずだが、いかんせん、高さがピッチと同じ。
理解不能。

ミネラルウォーターは最初の2リットルが、あっという間に空になった。
前半応援しながら、激しく干上がり、燃料切れな自分の体に驚く。
すっかり夏になった。
飲まなければ死にそうになる。飲んでも飲んでも物足りない。
敗戦の夏。

前後に高低差がほとんどない等々力のゴール裏で、力の限り応援した。
試合内容は何もわからなかった。
ただ、1-0でリードしているにも関わらず、追いつかれる、必ず追いつかれる、そんな恐怖が襲い掛かってきた。
そして実際、追いつかれると逆転されるかもしれない恐怖と戦う。
結果、その通りになり、川崎2-1清水。

日本平でもアウェイでも、試合終了間際にゴールを決められ、負ける。
いつも通りの敗戦。
毎回そうなれば、それが実力。偶然ではない。
このチーム力で、どう戦っていけばいいのだろう。
補強も無い。
チーム力を増すために、精神的打撃を与える方法はあるのだけれど、フロントはそれを行わないだろう。
むしろ、たとえJ2に落ちても、彼のもとでなら、サポーターも地域の誰もが納得してくれると、逃げの利点を考える。

試合終了後、選手が挨拶に来たとき、応援していたサポーター達のところから遠く離れたところで並んでしまい、礼をして帰った。
これはまあ、タスキとサンバ隊を始め、他の応援チームも、みなバックスタンド寄りに固まっていたので、選手達はただ単にゴールの真後ろに並んだだけであり、意図的なサポーターからの逃げではないとも受け取れる。

ただ考えさせられることもある。
それは清水エスパルスというチームは、Jリーグの中でも選手とサポーターとの関係が独特であり、互いが遠い存在ではないかということだ。
日本平において、サポーターは2F応援をする。
ピッチにいると、ゴール裏に近づくほど、2F席は死角となって縮んでいき、存在が見えなくなる。
選手達は、見えないサポーター達からの声援を受け続ける。

試合後の挨拶も、座って観戦していた1Fゴール裏の客達に礼をするだけであり、2Fゴール裏は良くも悪くも、存在が希薄となる。
精々、最前列に陣取って各応援チーム名が書かれた旗を振っている人達を認識するぐらいだろう。
中央通路より後ろのタスキエリア等に到っては、視覚的に縮んでしまい何も見えないだろう。

去年の天皇杯で、明治大学とのPK戦、1Fと2Fが共通エリアだったので、多くのサポーターがPK戦のために一階ゴール裏へ下りてきた。
試合後、挨拶にきた清水の選手達は、いつも2Fに当たり前にいるサポーター達の態度を見て、非常に当惑していた。
知らないのだ。
日本平のサポーターは、ピッチの間近を囲むバックスタンドや1Fゴール裏の、家族連れなどが大半だと、選手達に認識があるのではないかと思われる。

そして試合後、まったく存在のなかったサポーター達が、今はもうテントで囲われてしまったメインスタンド下の記者会見ブースや、選手バスの周りに集まってきて、選手達は驚く。
こんな奴らはいったいどこから湧いたのだ?
知らない存在。

では試合中、後押しする声はどこから出てくるのか。
声を出す連中がいる、広大な2Fゴール裏は、選手達にとって、一番遠い存在なのか。
陸上競技場をホームとしているクラブですら、試合後は選手達がゴール裏のサポーター前に行き、挨拶をする。
日本平では、球技専用のサッカースタジアムであるにも関わらず、サポーターと選手との接点がないように思えた。

毎試合、ゴール裏で声を出してくる馬鹿でもあり支えでもあるサポーター。
その姿を選手達が誰も記憶していないなら、Jリーグで一番寂しいクラブに思えた。
選手達の記憶にあるのは、最前列で振られる各応援チームの旗だけなのか。

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2008年7月15日 (火)

青山落選について本音

落選が報じられた直後はとても前向きなことをブログに書いた。
でも実際、そうした前向きな気持ちになれたかといえば、嘘ですわ。
いんちきなポジティブ文章を書いたあと、俺は体から力が抜けて、なんもできなくなった。
数時間、胸に穴が空いたような苦しさに浸かった。
なぜだ、どうしてだ、という問いに対して、答えは明確にある。
清水サポーターなら誰しもが身に沁みてわかっている。
だが理屈じゃない。
こんなこと書いたらいかんと思いながらも、書かずにはいられない。
俺はもう北京オリンピックに興味がなくなってしまった。
清水からは岡崎、本田拓、山本と、三人も選出されているのに、なんら気持ちが生まれない。
数時間、苦悶した末、思うのは、俺は清水サポーターじゃなくて、青山サポーターだったのかなあと。
俺が日本平のゴール裏にやってきたのと同時期に、高校を出た青山が清水に加入した。
青山のプロ人生をずっと追っかけてきた。
青山26のレプリカユニフォームを着て、タスキを担いで応援してきた。
青山の対人に強いダイナミックなプレーに感動し、必死に声で後押しした。
青山直晃という一人のサッカー選手のプロ入り後から成長を見続ける、そんな道楽だったのかもしれない。
そして昨日、青山は決定的な挫折を味わった。
青山を追いかけてきた俺のようなサポーターも、同時に厳しい現実に叩きのめされた。
   
2005年から続く、並々ならぬ数々の思い出がある。
日本平で、日本全国各地のスタジアムで、三保で。
嬉しかった、悔しかった瞬間、憎しみまで、すべて青山直晃の存在が中心にあった。
俺は青山直晃を応援するほどには、清水エスパルスを応援していなかったのかもしれない。
清水を応援するふりして、青山を応援していたのか。
スタジアムへ行きたい一番根底の理由、青山のプレイを観に行く、応援に行く。
青山が出られないなら、青山の所属チームを応援しに行く。
まあ、そんな概念は言葉にするだけどんどん嘘になっていって、実際どんなものかなんてわからない。
体にわだかまっているものを、文章化して整理してみようとすれば、そんな答えが出てきた。
2005年から北京オリンピックの存在があった。
青山が北京オリンピックで活躍する姿を期待していた。
三年越しに追いかけてきて、最後の最後で夢は潰れた。
    
    
時間が経ってみて思うに、青山はそういう役割だったのかなと。
この世で生きる人達には、それぞれの役割がある。
表舞台に立てるのは僅かでも、それを支えている人達がいる。
高校を卒業して一年目でさっそくリーグ戦のスタメンに抜擢されてしまった青山。
二年目からは全試合にフルタイムで出続け、この世代で一番前を走る選手となった。
そしてオリンピックの予選で全試合にフルタイムで出続け、出場権獲得の立役者となった。
年が明けて、オリンピックイヤーとなり、青山と同世代、もしくは下の世代で、これまでまったく日の目を見なかった選手達が頭角を現し、Jリーグの舞台で活躍するようになった。
一方、青山は2005年から働き続け、オリンピックイヤーには生きも絶え絶えになっていた。
だからこれまで日の目を見なかった、調子の良い選手達がオリンピックに出る。
青山の仕事は去年で終わっていた。
世の中がこうして回っているのだという、一番の典型ではなかろうか。
土台を作った功労者達と、表舞台に立つ人は違う。
青山らが造った地盤で、ようやくJの舞台に出始めた新たな顔たちが、オリンピックでプレイする。
これがこの地球で起こっている人間達の、動物達の出来事なのだ。
   
岡崎、本田拓、山本と、三人も清水から選出されているのに、このオリンピック代表をまったく応援する気になれないのは恥ずかしいものだ。
俺にとって彼ら三人はどうでも良かったのか。
今回の青山落選で、清水のサポーターになって、これが負けなのだというものを、初めてダイレクトに味わった。
普段のJリーグで、日本平で試合に負けて泣いているサポーターを見ても、俺はそこまで落ち込めなかった。
怒ることもできなかった。
喜びの興奮はあっても、泣いたり怒ったりという次元に辿り着けない。
どこか引いていた。
周りに溶け込めなかったせいもあるが、それは清水の優勝うんぬんよりも、青山という一選手のサクセスロードを楽しむことに主眼があったせいではなかろうか。
それが昨日、完全に潰された。
激しい脱力感に襲われて、数時間身動きとれなかった。
   
もちろん青山には今後の未来がある、まだ22歳だ。
ただ、オリンピックが終わるまでは、つらい時間が続く。
楽しみにしていた北京オリンピックが、俺にとっては魔の期間になってしまった。
一刻も早く終わってほしい。
    
木曜日の等々力では、青山は累積警告で出場できない。
俺は等々力にどんなモチベーションで向かうのか。
   
役割を果たした青山。
俺の清水観は根底から揺さぶられ、答えも出ないまま、パソコンを打っている。

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2008年7月14日 (月)

青山直晃落選  サッカーオリンピック代表決定

■GK
山本海人/清水エスパルス
西川周作/大分トリニータ

■DF
水本裕貴/京都サンガF.C.
森重真人/大分トリニータ
安田理大/ガンバ大阪
内田篤人/鹿島アントラーズ
吉田麻也/名古屋グランパス
長友佑都/FC東京

■MF
本田拓也/清水エスパルス
谷口博之/川崎フロンターレ
梶山陽平/FC東京
本田圭佑/VVVヘンロ(オランダ)
細貝萌/浦和レッズ
香川真司/セレッソ大阪

■FW
豊田陽平/モンテディオ山形
李忠成/柏レイソル
岡崎慎司/清水エスパルス
森本貴幸/カターニャ(イタリア)
   
青山直晃は長いことこの世代でスタメンを張ってきたわけだし、アジア予選もすべてフル出場してきたのですが、ここにきて落選となりました。
青山を応援してきた身としては非常につらいですが、サッカー人生はまだ始まったばかりなのだし、A代表を目指して頑張ってほしいです。
青山はここのところ親善試合で外れることもあり、俺は最近の状況を見るに駄目やろうなあと思っていて、でも他の清水サポにそのことで話を振ると、「アオは当確だよ」みたいな反応しかなくて、違和感ありまくりだった。
蓋を開けてみて、やはりこうなんだろうなあと。
清水より上位のチームのスタメンDFが選ばれるのが順当であって、いくら功績があっても、青山が選ばれることはなかった。
とにかくこれから夏場、清水エスパルスで一緒に戦っていこう。
そして清水からは岡崎、本田拓、山本が選ばれた。
この三選手は是非オリンピックで活躍してきてください。
青山も枝村も行けなかったオリンピック。
2006年の夏場の快進撃の中、この二人は北京オリンピックの中心選手になるだろうと期待があった。
2008年夏。
二人とも清水で夏を送ることになった。
青山は累積警告で、次のアウェイ川崎戦は出場できない。
いい準備をして、その次のホーム新潟戦に望もう。

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