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2007年11月11日 - 2007年11月17日

2007年11月17日 (土)

日本×ベトナム

名古屋グランパス本田、二度目のPK失敗には大きな落胆があったけれども、4-0の勝利は大きい。
ベトナムが一向にボールキープできない、明らかに格下な状況。
しっかり勝てて良かった。
最終戦、ベトナム×カタールのカードはとんでもない八百長が起こる可能性があるので、
今回の裏のカードはサウジが勝ってくれたほうがいいように思う。ドローが一番いいが。

追伸
そして裏の試合はサウジがカタールに勝利。
これにより、カタールとベトナムのオリンピック出場がなくなり、最終戦の裏は消化試合となった。
同時刻開催等が一切関係なくなった。

そして国立でサウジと最終戦。
日本は勝つか引き分けでオリンピック出場。
サウジが勝てば逆にサウジがオリンピック出場。
今日の大勝、得失点差も総得点も一切関係なくなってしまったが、
裏の八百長が一番怖かったので、まずまずの結果。
ドロー狙いでドーハの悲劇再びは、もういらない。
勝ちましょう。国立で。
そして北京へ。

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オシム監督 脳梗塞で倒れる

あれだけ異常な太り方をしていても、白人なら大丈夫なのだろうと思っていた。
だがやはり同じ人間なのだ。
脳梗塞で倒れた。

あの体格の持ち主であるならば、当然起こり得ること。
日本人ではあの体型はありえない。
あの体型の半分の太り具合でも、腎臓肝臓などがやられ、死んでしまうだろう。
スポーツ選手が引退しても、現役のときと同じ食事をしてしまい、極度に太ってしまう典型だろうか。

今後のことを考えるに、脳梗塞で倒れた人間が監督業を続けるのは不可能だ。
治癒して復帰というシナリオは残酷すぎる。
オシムにしても、日本代表監督を引き受けさえしなければ、過度なプレッシャーに潰されず、脳梗塞にもならなかったろう。
それだけ代表監督は激しいプレッシャーを背負うのだ。
ジェフの監督なら、ここまでならなかったろうに。
それはオシムがジェフの監督を捨てて望んだことだけに、仕方ない。
クラブの監督はどんなにひどい負け方をしても、一週間後の次戦に向けて気持ちを切り替えられるが、
代表監督はその負けを延々と長い時間、次の試合まで引き摺らなくてはならない。

オシムが監督になって、日本人のサッカーに対する見方が大きく変わった。
いったい海外のリーグとどこが違うのか。
それは「走る」ということに尽きる。
海外の選手の華麗なパスやシュートばかりに目がいきがちだが、
彼が同時に90分間、ピッチを走り続ける様。
そこにようやく日本人の目がいくようになり、
ふとJリーグの試合を見渡すに、なんてJリーガーは走っていないのだと驚く。

プレミア、リーガ、セリエを見渡すに、
これまでただ球の扱いが上手いだけと思われていたプレイヤーが、いかにスタミナ満点で走り続けることができるタフなアスリートであるか、そこに日本人の考えがようやく及んだ。
ジーコが加地を代表に起用したとき、いったいなぜ加地なのか誰も理解ができなかった。
当時在籍していたFC東京の原博実監督ですら、理解していなかった。
そのジーコが加地を起用した当たり前さが、ようやく日本に定着したのはオシムのおかげだろう。

多くの人がオシムの一日も早い復帰を望んでいるだろうが、
俺は否定的だ。
日本代表の監督が異常に過酷なものであり、脳梗塞を起こした六十代の人間が今後も務められるものではない。
来年からワールドカップ予選が始まってしまう。

新しい監督は誰になるのか。
古河閥であり、現在暇していて、フランスW杯で指揮した岡田か。
それとも、現在のコーチのなかから、臨時として昇格させるのか。
ならば反町となる。
今日と水曜日にあるオリンピック予選で、無事に出場を勝ち取れたなら、有り得る。
そこを見計らって決めるかもしれない。

オシムが総監督のような立場になり、実際の指揮は反町がとる状況も考えられる。
すべてはオシムが順調に回復することが前提であり、
脳梗塞はかなり重い。
二人に一人が厳しい状況に置かれるなら、悪い方向に流れる可能性も大きい。

ドイツワールドカップ前、ジェフが日本平にやってきて対戦した。
そのとき巻コールが試合後に起こり、マスコミの話題にもなった。
あの頃はまだオレンジのテントが張り出される前だったので、
俺はいつもの試合後と同じように、1Fゴール裏でバスに向かう選手達を見送っていた。

そこに現れたオシムのでかいことと来たら。
あれだけ体の大きな人間を俺はそれまで実際に観たことがなかった。
日本人ではありえない球体のように膨れた体。
俺はその迫力に驚いた。

あれからいろいろあって、今脳梗塞。
もし一人暮らしだったら、死んでしまっていたのだろうと思うと怖い。
外国人監督であるが、奥さんが一緒に来ているというのは良かった。

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2007年11月16日 (金)

浦和レッズ ACL優勝

普段の試合なら、まったり座り観戦エリアのはずのアウェイゴール裏で観てたんだけど、
この日はアウェイ側も全員総立ち。
ACL準々決勝のときは空いていて最前列で観れたけど、この日は三列目。
応援ソングの声出し等はさすがに弱いけど、怪我をした選手のコールなどはアウェイ側もまとまって声を出していた。
優勝セレモニーのあとワシントンはホームゴール裏に突入。
大勢と抱き合ったあと、最後はコールリーダーと肩を組んでます。

浦和はコレオグラフィーのことをビジュアルと呼んでいた。
ビジュアル用の用紙は、飲み物入れに差してあった。
これが椅子の背面にあるスタジアムは用紙の配布がスムーズだな。
試合前は、場所によって色が違うから、席を変わるときは、用紙を一緒に持っていかないでくれと、トラメガ兄ちゃん達が説明していた。

前半の永井のゴールは、目の前で観られて良かったです。
総立ちとはいえ控え気味だったアウェイ側も、目の前で永井のゴールとあっては喜びが爆発。
三列目で傾斜が全然ないので、ペナルティエリアが猫の額ほどに感じてしまうのだけど、
永井が目の前に切り込んでくる姿は迫力あって格好良かった。
これまでサブのイメージが強かった永井が大会MVPに輝いた。

行きの浦和美園駅プラットホーム。
埼玉高速鉄道は地下鉄だが、終点である浦和美園駅は車両基地になっていて地上だ。
プラットホームの支柱がすべてレッズになっている。
これは大阪の長居駅でも同様、セレッソ一色だった。

浦和美園駅前には、チケットを求める人達がボードを掲げている。
そしてダフ屋のおっさん達もそこに混在。
これはJR東川口駅前でも同様の光景が見られた。
関係ないが、沼津駅で切符を買うとき、東川口までと頼んだたら、駅員にそんなJRの駅はないと断られた。
それは私鉄の駅だから、近くのJR駅を指名してくれという。
そんな馬鹿なと言ったが、聞き入れてもらえず、仕方なしに、JR武蔵野線と埼玉高速鉄道の乗換駅までの切符をくれと頼んだ。
機械をいじったあと、ありました東川口までですね、と駅員が返答。
あるんじゃねえかよ。勝手に消滅させるなよ、JR東川口駅。

埼玉スタジアム、ホームゴール裏は大混雑で、座席はすべて塞がっている。
だから階段や通路で観戦したい人達が、じっと立ち尽くし、場所取りしたまま動かないので、
人の移動が大変困難な状況。
詰まってしまって誰もが身動きとれない。

コールリーダーの隣にはだるま。
多くの人がだるまに触っていた。
だるまは血だらけの人だという説があるが、レッズのチームカラーと同じ赤であるし、縁起を担いでいるのだろう。
ナビスコカップ決勝のガンバゴール裏には青のだるまがあった。

俺のいたアウェイゴール裏はそんなに混んでなかった。
まあ、それは、通路や階段が埋め尽くされてないというだけで、座席は試合中にはぎっしりだったけど。
これは、ホームゴール裏、バックスタンド前方両脇、アウェイゴール裏の3エリアが、同一のチケットだからで、
チケット購入者がホームゴール裏に偏ってしまい、ホームゴール裏が階段も通路も鮨詰めになったぶん、他所が空く結果となったようだ。

セパハンサポーター。
統一した応援は「セパハン」コールぐらい。
コールリーダーらしき人物は試合中、トランペットを持って、前へ後ろへ動き回っていた。
太鼓は小さなもので音が高い。
チームカラーのイエローを身にまとう人多し。

優勝後はサポーターから風船が配られた。
選手が挨拶に来た際は、風船が振られた。
そしてセレモニー終了後は、風船を旗の竿で潰すサポーターで溢れ、
アウェイゴール裏は風船の破裂音があちこちで響いた。

ちなみにアウェイ側ですが、最前列には旗が並んでます。
そして全員総立ちで応援。
俺の隣の家族連れが話しかけてきて、今日は立ち観戦になるのかと相談された。
今日は仕方ないでしょうねと答えた。
立ち観戦になると、傾斜が日本平の半分ぐらいしかない埼玉スタなので、背の低い人は視界が厳しくなってくるわけだが、
そんなことを言ってられない、激しい情熱が周りには漲っていた。

スタジアムには弾幕が多かった。
壁という壁が弾幕で覆われていた。
それはコンコースにまで及んだ。

勝利の後はお互いを称えあうサポーター達で賑わった。
あちらこちらで握手。
それほど親しくないサポーター同士が、試合後にコンコースで会ってといった感じ。
優勝の瞬間は激しかったでしょうが、俺はアウェイ側にいたのでわかりません。
アウェイ側も万歳万歳だったが、ホームの激しさはそんなもんじゃないんだろうなあ。
アウェイ側はやはり、目の前で行われた永井のゴールがピークで、
二点目の阿部ゴールは反対側だったこともあり、それほどぱっとしなかった。
あとはなんだろ、こりゃどうにもこうにも勝てるなというムードが続いた。
そのせいか、勝利決定のときに、さほど爆発的な状態にはならなかった。

埼玉スタのコンコースは車道四車線ぶんぐらいはあり、非常に広いが、みなシートを敷いて場所取りしてしまうため、移動のための道は狭い。
このあたりが農耕民族たる所以、場所取りに励んでしまうのだな。
座席で飲み食いして話せばいいのにと思うが。
ペットボトルの持込を公式にOKしているのは、専スタではレッズだけだな。
これだけは、他のクラブより進んでいる。

キャプテン山田と小野は怪我でベンチ入りもしてないですが、セレモニーには登場し、スタジアムは沸いた。
63700席あるのだが、59034人の動員ということで、残念ながら6万オーバーはならなかった。
アッパーのサイドが空いてしまっていた。
チケットはソールドアウトなのに、来ないのはもったいない。
ダフ屋であれ、金券ショップ、オークションであれ、売れないまま残ってしまった死にチケットが4000席発生したなら残念。

浦和レッズが優勝して、アジア枠でクラブワールドカップに出場。
もし開催国枠がなかったら、ニュージーランドのへっぽこチームを倒せば、すぐACミランと戦えたのに。
川渕が奮闘して勝ち取った開催国枠のおかげでセパハンがクラブワールドカップに出場。
そしてたぶん、ワイタケレを破って、豊田スタジアムにて浦和レッズと再戦だ。
これで浦和が負ければ、なんのための開催国枠だったのか、わけわからんな。
ハンディキャップを背負っただけ。

ACLは韓国のチームが強かった。
韓国は日本のプロ野球と同じ状態で、チーム数も少なくドラフト制。
準決勝のホーム力がなかったら、浦和の優勝も危うかった。

浦和サポはほとんど誰もが旗を持ってきているような感じ。
それだけ旗が浸透しているのも、旗振りタイムだけにみんな振っていて、試合中誰もが旗をしまっているせいかもしれない。
鹿島サポも同じような感じかな。
清水のようにエンドレスに振られるのが前提になると、他人の旗はいくらでも許せるが、自分が振るのはちょっと……となりがちな大人が多く、誰もが旗を携帯してスタジアム入りができない。
旗を持ってくる割合が少ない清水サポだけに、ここではみんなが一斉に旗を振ろうと、積極的な旗振りタイムがあっていいのかも。

浦和はホームゴール裏だけでなく、メインスタンドやバックスタンドでも旗振りタイムには大勢が旗を振っている。
クラブ側も積極的に旗を推進している。
試合前のホームゴール裏で観られる、サポーター一斉に旗振りは壮大な光景。
だが試合中、旗を振るのは少数で旗は点在している程度。
難しいところだが、今は旗を振っていいんですよとなったときの浦和サポが、メインであれバックであれ、一斉にみんな旗を振り出す光景は良い。
旗に対してポジティブになれる。

999でセパハンなのだ。
セパハンサポーターはまとまりがなさすぎ。
全員が全員好き勝手に応援しているだけ。
一応、人数はそれなりにいたのに、散らばってしまって、高い太鼓の音が寂しく響くのみ。

ACLも戦っているから多くの選手に出場機会が与えられる。
最後に岡野登場で、客席からは「出られて良かったな」という声が多数聞かれた。

埼玉スタジアムは低傾斜が売りなので、ロアーだと、どれだけ後ろに下がっていっても、日本平なら前列ぐらいの低傾斜が楽しめる。
もちろん後列になれば距離が生まれ、遠ざかっていくので、ピッチ全体を見渡せるのに低傾斜という、
陸上競技場に似た眺望が得られる。

メインスタンド側は満席。
ホームゴール裏は通路、階段鮨詰め。
アウェイゴール裏は普通に満席。
バックスタンドのアッパー両サイドが空席多く、来たい人がたくさんいるのにもったいない。

カメラマンが一斉に移動する様は観客を沸かした。
前半はレッズが攻める側だったので、100人以上いたカメラマンも、後半は場所を移動して、アウェイ側はがらがらに。

セレモニーの紙ふぶきは、空中にきらめき、何かこの世のことではないようで、神秘的だった。
紙ふぶきが近づけば、ただの銀紙がひらひら舞っているだけだとわかってしまうのだけれど、遠目に観ていたときは、魔法にかけられたかのような光景だった。

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2007年11月12日 (月)

清水エスパルス×サンフレッチェ広島  日本平

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試合前のコレオグラフィー。
タスキにいるみなさんが必死に準備へ奔走する姿。
すべての客への説明。
そして後片付け。
ご苦労様でした。
実際、伊東選手に花束贈呈になり、コレオをやってみると、やってる側はさっぱりわけわからないという。
俺はオレンジのボードを掲げてました。
スカパーで観たけど、「7」という数字が中央に描き出されていたんですね。

人権のマスコットたちが日本平にやってきてました。
ガキに対して、いじめをやめようと放送されていたが、非現実的な気がして、あまり好感持てない。
学校は人権が適用されない場所だし、多くの人間が、いじめる、いじめられる、の両方の荒波に揉まれ、
大人になれば二度と学校なんて行きたくないとなってしまうもの。
そしてその荒波をたまたまスルーした秀才達が、学校の教師になるわけだが、
いざ教育現場に出向いて、その実態を初体験し、ノイローゼ、うつ病になる教師がわんさか。
知らんかったんか、学校ってこういうとこでっせ。

レイプされた女性が、レイプ被害を届けないのと同じように
いじめにあっている人らも、被害を届けなければいじめられていないのと同様なので、
沈黙を守るやろうなあ。
日本平の客席を見ても、どうしようもない馬鹿親を多数見かけ、そのガキどもらの動物的な反応での生活態度を見るに、台風を感じるね。
ガキは日々の生活でこてんぱんに潰されて、大人になる頃には才能のかけらもなくなり、ぼろぼろだろう。
そして年老いて死んでいく。

広島サポは予想よりたくさん来てました。
去年の試合は非常に少なかったんですが。
やはり降格しそうで、ケツに火がついてるってのがあるのかも。
あとは日曜日の昼間だったのが良かったかな。
午後一時キックオフはアウェイサポに優しい時間。

広島サポーターは日本平で紫ボードを配っていました。
ガンバ大阪が国立で青ボードを配っていたり、ホームスタジアムじゃなくても、ボード配りがあるもんなんですね。

日本平が開場してすぐ、バックスタンドコンコースでぶっ倒れてるおっさん一人。
食べ物をげろごろに吐いてた。
仰向けで微動だにしない。
日本平といえば、開場時間の何時間も前から客達が並び、宴会を開いているのが日常的な光景。
いざ開場した頃には、ぐでんぐでんに酔っ払っていて、足元もふらついて、試合を観戦できる状況じゃなかったりしますから、落ち着いて歩いてほしいもんです。

伊東輝悦選手の等身大パネルがあり、一名に当たる。
だって一名だよ。
まず当たらないじゃん。
俺は宝くじも買わない。
あれ買って、当たると思ってる人がいるのが信じられない。
共同購入して当たりくじが出て、揉めに揉めて殺人事件に発展するか、築き上げた人間関係、信頼がパーになるぐらいがオチだろう。

スタジアムの各所では、コレオグラフィーの準備に追われるウルトラエリアの人達多数。
頭が下がります。
いざコレオが終わったあとは、周りが応援チームばかりだったせいか、わりとすんなり回収が行われた。
俺も隣のガキにオレンジボードを渡して、ガキがうろうろと周囲のボードの回収に貢献していた。
ガキよ、ご苦労様です。

三人隣が脚立に乗って振り付け指導している人だったのだが、その女性はくるくる手を回すときが、外巻きでなくて内巻きだった。
たまには内巻きでもいいかと、俺も内巻きで応援。

前列のメインスタンド寄りから見るタスキは遠かった。
コールリーダーも非常に遠い。
当然トラメガも伝わらないし、いざ選手コールをはじめても、なかなかわからない不安定さはあった。
かわりに、メインスタンドに隅に置かれたスピーカーが爆音状態。
耳をつんざきますわ。

広島から来て3-1で負けた彼ら。
試合終了後の閑散としたスタジアム。
佐藤寿人がメインスタンド真下に現れると、広島ゴール裏から怒鳴り声が轟いた。
いろいろあるでしょう。
清水と広島の試合は、互いにホームで勝利という形、一勝一敗のドローでした。

市川のゴールは向こう側だったので、いまいち判別がつかなかった。
最前列ということもあり、いつものタスキエリア、後列で得られるような傾斜はない。
だがメインスタンド最前列よりも高い場所にはある。
メインスタンド通路と同等の高さかな。
それでも傾斜はいつもと比べれば弛め。
ゴール裏からの眺めはフォーメーションが非常にわかりやすくダイレクトに伝わってくるものだが、この日は特にそうで、インベーダーゲームの並びのように、選手達が動くのが感じられた。
といっても、伝わらんわな。

藤本のPKはそれなりとしても、フェルのゴールは痺れた。
ハイタッチの嵐になって孤独感に陥るかと思いきや、周りは余りそういうムードじゃなくて、旗を用意したりだとか、いろいろ前列はあわただしく、
余り俺も寂しい思いはせずに済んだ。
マリノス戦は夜で寒かったけど、この日は太陽に照らされて暑く、それも良かった。

柏木の銀髪がとても目立っていて、その目立つ奴が最初にどすんとゴールを決めたのが悔しい。
柏木のシュートは間近から打ったぐらいの印象だったが、実際、スカパーで見てみると、かなりのロングシュートだわな。

帰りのシャトルバスは最終便が珍しく激混み。
普段なら、バス数台余らせて、最終便は余裕あって全員座れるのにね。
3時40分が終バスだってのに、その時点で並びの列がとても長かった。
それでバスはこれ以上呼ばずに、ぎゅうぎゅう詰め。
なんだか理不尽。
俺は座ってたけど。
俺の周りで立ち乗りしてた人らが、若い男女6人ぐらい、全員韓国語。
韓国人の旅行コースになったか、日本平。

あんなに列がまだ長いのに、さっさと切符売り場も畳んじゃってさ。
現状見ろよって言いたくなる。
今後は終バスもぎゅうぎゅうで行くんでしょうか。
終バスファンとしては残念。
バスは座れたが、電車が激混み。鮨詰めで立ち乗りだったわ、沼津まで。
死ぬ。
かわりに沼津から自宅までの自転車が軽快だった。
普段なら、電車でぐったりしちゃって、自転車漕ぎだすとしんどいもんだが、電車でしんどかったぶん、自転車が軽く感じられた。

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2007年11月11日 (日)

青山直晃 日本代表選出

第一回オシムジャパンのときから呼ばれているのだけど、ベンチ入りまでで、一度もA代表の出場がこれまでなし。
それで一年半ぐらい過ぎてしまったんだな。
そして第一回岡田ジャパンの召集があったわけですが、やっぱり呼ばれました。
だけど今回も使ってもらえるかどうか怪しいもの。
ポジション柄、ゴールキーパーとセンターバックはフル出場が前提となるポジションなので、なかなか途中出場のチャンスが与えられない。
代わりにU22オリンピック代表の方では、全試合スタメン&フルタイム出場だったりして、まあ良かれ悪かれセンターバックなのです。

愛知県民の彼が、少年時代は長良川の県境を渡って通った岐阜バーモス、下宿した前橋育英、そして本命の地元グランパスにふられてやってきた清水の地。
非常に旅人だ。

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