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2006年3月19日 - 2006年3月25日

2006年3月25日 (土)

大宮アルディージャ×清水エスパルス  浦和駒場

さいたま市浦和にてエスパルスのアウェイゲームがあった。前回アウェイの対FC東京の味スタ戦がとても気持ちよくいったので、アウェイに遠征には比較的楽な気分で望めた。
朝九時ぐらいに起きて自転車で駅へ。東海道線で熱海乗換えのあと東京行きに。休日の電車は最前部の車両に電車でGO目当て(運転席のぞきこみ)の子供達が集まってしまうので、休日は最前部の車両を避けるべきかもしれない。だが車両内自体が混みあってうるさかったし、電車もがたごとうるさかったので、あまり気にならなかった。ガキに切れて人様に迷惑をかける前に、自分が移動すべきだ。J開幕戦で新宿駅から甲府駅に向かう電車の中で、はしゃぐ幼児の父親と小競り合いを演じてしまった反省から、公共の福祉を考え、自分が身を引く謙虚さを大切にしたく思う。我慢していても、どうせ切れてしまうバカ野朗なのだから、俺は。それを把握した上で危険は回避して、人々に幸せな休日を提供すべきだ。それはもう絶対大切にしていかなくてはならない。そういっても。俺はすぐに切れる。情けない。だが東京駅まで無事到着。

京浜東北線に乗り換える。最初南浦和行きに乗ってしまったが、浦和まで行かないことがわかり、王子駅であとの大宮駅に乗り換える。予想したよりも早く浦和駅到着。都内多摩地区の私鉄沿線より、よっぽど都心だね。浦和駅は混雑していたが、大宮サポは見当たらず、これから横浜に行くと思われるレッズサポばかりが目についた。はじめての駅で混雑していたこともあり、東口に出たかったのだが、西口に出てしまった。仕方なく高架を乗り越えるべく、北上しながら東口への移動を願う。駅に向かう人の多くが、赤を身に纏ったレッズサポばかりだ。それは当然であってここは浦和レッズの地、浦和だ。なぜ大宮アルディージャが浦和のスタジアムで試合をするのかというと、大宮サッカー場が一年間改修工事をして使えないためで、レッズは巨大W杯スタのさいたまスタジアム2002を使うので、小さな陸スタの浦和駒場スタジアムを使う必要もなく、それで大宮アルディージャが一年間借りているのだ。大宮と浦和自体が同じ
さいたま市
内であるし、まあさほどアクセス上も問題ない。

地下道があったので、そこを潜る。階段がまっすぐでなく斜めに配されている。富士山の宿は詰めて斜めに寝かされるわけだが、あれと同じで面積を多くとるためか、階段は斜めに並んでいる。東口に出ると、レッズフラッグの掲げられた商店街が続く。そこを歩いていく。途中のコンビニで軽食と飲料を買う。はじめての地なので当然道がわからない。HPの地図はあるが大まかだ。商店街を抜けて片側一車線の通りに出ると、駒場スタジアムまであと1400メートルの表示が。間違っていなかったようだ。途中ちょっと住宅地に入ってしまい、大回りしたが、もとの片側一車線の通りに戻り、ひたすら歩く。歩道が狭い。車道だけだったところに無理やり柵をつけたようなもので、人一人歩くのがやっとで、すれ違うこともできない幅だ。つい車道に腕がはみ出る。歩いている人たちがアルディージャのオレンジを身につけた人たちばかりなので、安心感はある。最後の交差点でも迷ったが、警備員に道を尋ねれば、すぐ目の前とのことだった。意外と大宮サポたちは、様々な場所で道草を食ったり、待ち合わせしたりと、スタジアムに直行しないので当てにはならない。
ちょうど時間的に開場したばかり。アウェイゴール裏の入場口が一番手前にあるので、すぐに発見。スタジアムの手前には金網に囲まれたサッカーグランドがあり、そこでちびっ子達がサッカーをしていた。その中にまで列は食い込んでいて、芝の中を歩き、最後尾についた。

入場して場所に迷う。日本平のゴール裏ならば、各応援チームの居場所や、無所属の一般人で熱烈に応援したい人らのゾーンや座り見のゾーンに、問題なくわかれるが、アウェイの地はまた全然別。居場所の振り分けやコールリーダーやらが日本平とは別に存在するので、非常に複雑。俺は立って声出して応援できれば、それだけでいいのだけれど、二十近くある応援チームのいずれにも所属していない個人としては、自分の居場所がなく非常に戸惑う。味スタは運よく、TSJなるチームの背後に無所属の一般客らが集まるような状況になったので、そこに紛れることができたが、駒場は味スタのような巨大スタジアムでもないので、狭いゴール裏の中でいかに場所を作るかが大変。オーロラビジョンを挟んだメインスタンド寄りの出島エリアには椅子がついているが、バックスタンド寄りはオールスタンディングになっているので、迷うことなくオールスタンディングゾーンへ行く。

タスキエリアが後方部分にあったが、すでに満員状態。というか、日本平タスキは無所属の一般人が集まっていく傾向があるが、すでにタスキには同じ柄のTシャツを着た特定の応援チームが陣取っていて、入り込めない。それでも関東サンバ隊(打楽器音楽隊)とタスキの間に忍び込み、なんとかタスキエリアにもぐりこめたと思ったが、応援チームの兄ちゃん達がタスキの場所を数メートル横に移動させ、俺のいたろこにはタスキがなくなってしまった。振り出しに戻る。
タスキエリアには場所がないので、仕方なく前の方に進む。陸上トラックを挟んだスタジアムなのでかぶりつきの楽しさはゼロなのだが、それがゆえ、応援チームでも最初から傾斜がある後方部分に陣取るチームも多く、前が比較的空いている。陸スタで前でもただ見づらいだけだからね。かなりバックスタンド寄りになってしまった。そこに一応座って、軽食をとった。近くに熱烈応援の一団体がいたのも、決めた理由だ。やはり熱心に応援したいものだ。

だが選手がピッチで練習し始める段になって、その熱烈応援の一団体はオーロラビジョンよりの方へ移動してしまった。そして選手達に対してゴール裏は応援合戦を始めたのだが、俺の周囲は立っているものの、誰も声を出さない。その時点で非常に焦った。ここでは応援ができない。俺は慌てて場所探しに奔走した。見ると、タスキが中断の通路を渡って前方席にまで下りてきていた。これは良いと見てみるが、降りてきた先はある応援チームの居場所だ。だがそれほど混んではいずに、通路側の席が空いていた。
「すいません、ここにいていいですか」と俺が訪ねると、一番はじにいた中年女性は驚いた顔をして「ええ」とだけ答えた。一番通路よりのはじだし、いいだろうとそこに場所を構え、タスキを担いだ。そこはもうみんながしっかり声を出しているので、気持ちが良い。背後からも大量の声が浴びせられ、俺もしっかり声を出せる。キックオフ間近になって、軽食をとっていた場所の近くにいた熱烈応援チームが、ぞろぞろと間近の階段通路にやってきて、その階段通路に構成員達が並びだした。一度は分かれた彼らがまた身近にやってきて、おかしな巡り会わせとなった。日本平のコールリーダーがやってきて、最前列の柵によじのぼり、俺の握っているタスキの先頭を体に巻きつけた。なんだか急にコアなエリアと化していく。トラメガを持ってのコールは、後部座席の方で、関東の人らがやるようで、日本平のリーダー男は割と暇なようだ。いろいろ縄張りがある。
キックオフ前にスタジアムを見渡す。出島といわれるエリアが存在するのが特徴か。陸上スタジアムなので、客席が一続きにはなっていないのだが、アウェイゴール裏のオーロラビジョンを挟んで、客席がぶつ切れになり、僅かな囲われたスペースが生まれる。これが出島だ。今日は座り客が陣取ればいい。大宮アルディージャサポが少ないせいで、アウェイ遠征のサポらがのびのびとバックスタンドぎりぎりまで座席を使えるためだ。バックスタンドは二階建て構造になっている。2万人と小規模なスタジアムで、バックスタンドが二階建てになっているのは珍しい。旧ジェフの本拠である臨海の神殿もそうであったが、あれは一階部分がほとんどないし、臨海と比べたら浦和駒場に失礼すぎるだろう。一階席が充分あった上で、二階席がバックスタンド全域に広がっている。スタジアム規模から考えれば粋な計らいだ。こないだアシタカに行ったとき、あまりに小瀬と似通っていて、他と似たようなスタジアムはつまらないなあと感じただけに、浦和駒場のバックスタンド二階建てには好感を抱いた。残念なのは客が全然入ってないこと。二万人の小規模スタジアムで、このがらがら具合はなんだろうか。アウェイゴール裏は満員。ホームゴール裏も割りとうまっている。だがバックスタンドに人は少なく、値段の高いメインスタンドは閑古鳥。七千人強という発表だった。アウェイゴール裏にこれだけサポが来ているのに、それはないよという数字。同じ
さいたま市に歴史と人気のある浦和レッズがあるだけに、苦戦しているのかもしれない。
キックオフ。陸スタで前から数列目に陣取ったというわけで、もう全然ピッチは見えない。でも周りには熱烈応援の人たち。これが良い。途中で、タスキを挟んでとなりの通路階段にハカマ姿の女の子がやってきた。周りの人たちの会話から漏れてきたところでは、今日が卒業式で卒業式帰りにそのまま浦和に来たようだ。俺はジャンプして応援していこうと思ったが、膝が痛く飛び上がれなかった。情けない。体重が増えすぎたせいだ。本格的に減量しなくてはいけない。この膝の痛みは不摂生のきわみだ。
ハーフタイムになり、ハカマの女の子が場を盛り上げた。卒業証書を見てくれと周りとはしゃぎ、ピッチをバックに記念撮影。立教大学だった。ハカマ姿で立教大学卒業証書を抱えて、ピッチをバックに写真撮影をしている彼女を見るに、俺は猛烈にウツが高まっていくのを感じた。
「邪魔」という声が耳に入ったのはそんなときだった。隣にいた中年女性が荷物を片付けながら、俺の隣でそう言った。その「邪魔」が荷物を片付けていく中で、邪魔なものがあったから言ったのか、それとも俺に対して向けられた言葉なのかわからない。確かに俺は邪魔だった。ハカマ姿の女の子は、俺が勝手にはじにお邪魔した応援チームの一員なのかどうかはともかく、彼ら全員と仲良くコミュニケーションをとっていた。俺越しに。そう、俺が邪魔だった。ここにいる人たちはみな仲間を持っている。自分の居場所がある。そうした自分の利益や権利があればこそ、他人を許せる。他人や幼児が多少迷惑行為を働いたとしても、視界に邪魔が入ったとしても、ストレスを抱えることなく許せる。自分の生きていく場所を持っていればこそだ。俺は異端だった。
最前部の応援チームが並ぶエリアにおいて、俺はどこにも属さない一般人だ。いや、ただの一般人だとしても、他にもいただろう。彼らはハーフタイムに平然と周りの人たちとコミュニケーションをとれる。応援チーム同士の会話もある。ハカマの女の子がはしゃいでいたときなど、違った応援チームのTシャツやジャージを着た人達が、団体に関係なく楽しく会話していた。それは本当に素晴らしいことだ。たとえ応援チームに入っていなかろうが、そうした場所で輪に入っていけるようでなくては、社会人として成り立たない。
ハカマ姿の女の子は就職先の企業を告げて、周りの人たちと名刺交換をしていた。真っ当だ。俺はその生きていく美しさに太刀打ちできない。いたぶられただけではない。たくさんの人たちを傷めてきた。俺を真剣に恨んでいる奴らがたくさんいる。俺は多くの加害行為をしてきた。情けない。
「邪魔」が俺に向けられたのか、荷物整理から出た独り言なのか、わからないまま、後半キックオフを迎えた。ハカマの女の子は帯を結びなおしてもらっていた。応援チームの面々は互いに声をかけあい、歓喜していた。直前に移動してきたコアサポたちはまたもや居場所を変えて、俺の近くを去り、中断の通路に場所を構えた。目の前が空いて、柵にのっかっている日本平のコールリーダーと俺のタスキが間に誰もいず、直接繋がれた。ここは俺の居場所じゃないのだなと実感する。右隣のハカマの子も、左隣のおばさんも、俺とは無関係だ。その無関係を生み出しているのは、全部俺の責任だ。もし一般人がここに場所をとったとしても、自然と周囲と絡んでいくのだろう。俺は申し訳なく思うと同時に、その落胆を悟られないようにと、人一倍声を出して応援した。たくさんの人たちの中にあって、同じ清水エスパルスを応援するオレンジ軍団の中にあって、俺は一人だった。
もちろん別の場所に移動するという選択もあっただろう。だが俺もわがままだ。応援が盛んなエリアで応援したい。タスキ周辺のウルトラエリアから外れると、周りは立ってはいるものの、声を余り出さずに踊りもしない人たちばかりになってしまう。そんな中で一人声を出すのは辛い。ここにいるのは俺の欲だ。誰とも社交を持たないくせに、人一倍声を出して応援したい。同じ社交を持たない奴らが集まっている静かなゾーンへは行きたくない。ウツは激しくなっていき、俺はもうぶっ倒れるんじゃないかと、くらくらしてきた。でも応援し続けた。
試合は後半荒れた。いや、ピッチは余り荒れていなかった。アウェイゴール裏が荒れた。審判の判定に荒れた。俺が思うに、審判は別に大宮贔屓というわけでもなかったと思う。だがジャッジングの基準が大宮有利に働いてしまった。今年Jリーグが開幕する前に、川渕は言っていた。日本のジャッジングはすぐに反則をとって甘いから、今年から厳しくするよう審判に要請したと。これまでの4試合は余り代わり映えのないジャッジングだった。倒されれば笛が吹かれてFKとなる。なんだ、あまり変わらないじゃないかと思った。だが今日のジャッジングは違った。多少のラフプレーがあろうが、倒されようが、とにかく笛を吹かない。大半を流していく。エスパルスの選手達は倒れこんで必死にアピールしたが、流されることばかりだ。それにサポは腹を立てた。俺も珍しく野次を飛ばしてしまった。審判に対して。アウェイゴール裏は非常にやばい状況になった。すべてが審判へのブーイングだ。とはいっても、冷静に考えるに、審判は両チームにとって公正だった。清水はいつもの調子でやってしまった。この審判はファウルをとってくれない。そのことが最後まで浸透しなかった。
負けた。開幕三連勝のあと二連敗。一点差で負けたというよりも、一点もとれなかったという表現が正しい。一点もとれなければ勝てないのは当然だ。点がとれない。どうしても取れない。最前線で走り回るマルキーニョスがいればこそ、一発狙いのポジとり男ジェジンが光る。マルキがいない試合、久保山が久々に先発だったが、特にいいところはなかった。森岡が途中から今季初出場したが、見せ場はなかった。平松も同様。まんまとやられた失点だった。こういう惜しくない試合のほうが、完敗した感が強い。ボール支配率は清水が6割を超えていた。
試合終了後、審判へのブーイングは続いた。ブーイングというより、野次の怒鳴り声がやまなかった。ほとんど全員が声量の違いこそあれ、審判を罵倒している。俺はさすがにもうしなかったが。特に終了間際に、大宮がゴール前でハンドを犯していた件が響いた。ただあのハンドは故意のものではないので、なかなかとってはもらえないだろう。陸スタで視野が狭いだけに、審判へのブーイングも痛烈になる。サポ達がまともにピッチを見れていないので、すべて悪い方にとってしまう。日本平ならこうもひどくはならなかっただろう。サッカー専用スタジアムでない悲劇といってもいい。サッカー専用がホームでないサポたちは常に狭い視界で的外れな罵倒をしてしまう運命だ。サポの平和のためにもサッカー専用スタジアムであるべきなのだと痛感した。
幸いだったのは、挨拶にきた選手達に対して、非常に温かい言葉が誰からもかけられたことだ。拍手と声援はやまなかった。それは唯一の救いだった。選手の挨拶が済むと、俺はすぐさま荷物を抱えて後方に移動した。これ以上、その場に長居するのが困難に思われたのだ。俺は部外者だ。ここにいてはいけない人間だ。それが思い込みだろうが、被害妄想だろうが、とにかく俺は苦しかった。階段を上っていく途中で、ゲロを見た。サッカースタジアムゲロは初見だ。ゴール裏の客は応援のために余り酒は飲まない。飲んで立ち歌い応援し続けるのは不可能だ。俺も一滴たりとも酒は飲まない。いい加減な立ち振る舞いになって周囲に迷惑をかえてしまうからだ。出来る人は飲めばいいと思う。仲間達とやってきていて、そこに場が作れているなら構わない。個人できた俺が真似してはいけない。サッカースタジアムでゲロは見たことがなかっただけに、衝撃的だった。巨漢男がうずくまっていて、その前にゲロが飛び散っていた。珍しい。すぐさま目を背けるも残像が頭に残る。
ウツが激しく苦しかったので、スタジアムの片隅で休んでいきたかったのだが、撤収が早く、出て行かなくてはならなくなった。横断幕等の片づけをする、ある応援チームの面々を目にするに辛い。俺には仲間がいない。誰一人いない。むかしは違った。俺は常に我慢し続けた。大いに我慢しても、それでもわがままだと罵られた。それでも我慢して人々の輪に入ろうと努力していた。だがもう疲れてしまった。無理をしてまで溶け込む必要はない。別の面でストレスは解消し、生きていけばいい。そうしてここ数年はやってきた。付き合いも絶ってしまった。だがこの辛さはなんだろう。再び向かい合うべきなのだろうか。そんな想いが頭を巡る。
帰りは渋滞した。駅までの道が大渋滞だ。なにしろ人がやっと一人通れるぐらいの歩道なのだ。一斉にスタジアムから掃けるとなると、混雑して当然だ。大勢の人々が会話をして歩いていく中、俺は一人だった。
あんまりにも苦しくて、途中でコンビニ立ち寄って、ビールの500ml缶を買った。コンビニの斜め向かいに寺があり、その境内に到る階段に腰を下ろして飲み始めた。はじめは苦くて全然駄目で、ああ今日は飲めない日だなと思ったが、すぐにがんがんいけるようになった。ふらつきながら、二缶目を買いにコンビニへ行く。また神社に戻って境内への階段に座る。色々考えた。普段は怖くて将来のことなど考えられないのに、酔っ払えば平然と考えられる。臆病のきわみだ。俺が飲んでいると、三人ほどお参りに来た人がいた。賽銭をいれ、お参りをする。階段に酔っ払いの男がいることを申し訳なく思う。
ビールは三缶目に突入した。人生を悔やみ、今日一日を悔やむ。ありがちな酔っ払いだ。今の生活を辞めて、別の道を歩むことを真剣に考える。酔っているからこそできる考えだ。三缶目を飲み終えて、そろそろ浦和駅へ向かおうと思っていたところ、お寺のでかい鐘のところに、母娘がやってきた。三十歳ぐらいの母と小学校低学年ぐらいの娘だろうか。彼らは寺のでかい鐘をついた。とても大きな音厚で周囲が満たされる。浦和中に響くだろう大きな鐘の音だ。彼らは数回鐘をつくと、帰っていった。俺も鐘をついてから帰ろうと思い、石段をのぼり、丸太を抱えた。そして二回ほど鐘をついた。馬鹿でかい音が発せられた。俺は石段を降りて寺を出ようとしたそのとき、背後から声がかかった。
「おい、あんた鐘をついただろ、なあどういうつもりだ、おい、ふざけんな」振り返ると、俺と同じ年ぐらいの男が顔をこわばらせてやってきていた。男は鐘を勝手についたことに対して散々叱り続けた。俺はさっき母娘がついていたので、構わないのかと思ってついたのだと説明した。彼は怒り、その二人は寺の人であって、時報を叩きにきただけなのだと告げた。それは申し訳なかったと謝ると、順序が違うと言って男は癇癪を起こした。鐘をついた理由を説明するのではなく、まず謝罪が一番先にあって当然なのに、なんであんたは今の今まで謝罪の言葉が一度も出てこなかったのかと、男は怒り心頭だ。それは申し訳なかったと再度頭を下げて謝ると、そんなに謝ってくれる必要はない、と男は余計に機嫌を悪くした。その後に及んで漸くわかってきたのだが、男は頭を丸めていて、要するにこの寺の住職なのだった。私服で黒のジャンバーを羽織った坊主の男が怒鳴りつけてきたので、てっきりチンピラに絡まれたのかと思ったが、この寺の住職なのだった。俺は500mlのビール缶を三つも飲み干した後だったせいか、そのことまで頭が回らなかった。男は喋りながら、片足が異常なまでに震えていた。寺の鐘を勝手につくということは、寺にとって激しい侮辱だったのだ。彼の怒りは正当なものだろう。俺は聞かれるままに名前を告げ、浦和には観光で来たのでもう二度と来ないと思うし、大変申し訳なく思うと頭を下げた。彼はたくさん喋っていた。真剣にたくさんのことを喋っていた。その姿はわかるのだが、何を喋っていたかまで酔っていたせいかわからない。浦和に対して嫌なイメージを持ったら困ると叱られもした。やはり寺の鐘を勝手につくというのは、相当のものなのだ。それは時報だからこそ許されるのであって、様々なシガラミがこの浦和の街中ではあるのだろう。俺も酔っていなければしなかっただろう。ただ母娘が、まったく寺を意識させない私服姿の母娘がなんとなく鐘をついていたので、ああ俺もついていいのだと体を突き動かされたのだった。これが酔っ払いの行動だ。お酒に酔うと、いかに他人に迷惑をかけてしまうかがよくわかる。酒は飲んではいけない。スタジアムでは絶対飲んではいけない。俺は酒を飲んできちんと振舞える人間ではないし、そこで起こしたことに対して、責任をとれる財産も持ち合わせていないので、とにかく酒を飲んではいけないと痛感した。酒を飲んで寺の鐘をつく。馬鹿らしいくらいの出来事だ。いくら酒が入っていても、あの母娘の行為がなければ、さすがにしなかっただろうが、そこが俺の常識の無さだし、身の程なのだ。私服の黒ジャンバーを羽織った住職が激怒していたのも、俺の立ち振る舞いに大きな原因があったように思う。俺はこうして人に迷惑をかけることしかできないのだなと傷心し、寺を後にした。

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2006年3月21日 (火)

清水エスパルス×ジェフユナイテッド千葉  日本平

今日はワールドベースボールクラシックの決勝があって、Jリーグと重なるのでどうしようかなあと思いつつ、とりあえず午前11時から野球のテレビ中継が始まったので見てました。やあもう、一回表からガンガン点が入っていくから良かったよ。満塁から押し出し押し出しで今江のタイムリー二打点で、合計4点が入ったね。一回裏になって先発松坂も先頭打者ホームランを浴びるもその後は好調。なんとか失点せずに進む。日本も点をとれない。4-1のまま試合は五回表に。だがこの時点で時計は午後1時に。野球が早く終われば都合いいなあと思ってたけど、二時間かかってまだ半分も終わってないじゃん。野球はビデオにとって、家を出た。
自転車に漕いでたら帽子が飛ばされた。風が強い。せっかく急いで漕いでいたのに、おじゃん。タイムロス。駅北駐輪場3階へとめる。下手に1階、2階で空いてるスペース探すより、最初から3階にした方がいい。駅に着くと、予想していたより一つ前の電車に乗れた。13時ちょうどに家を出て、13時15分の電車に乗れるなら良い方だろう。駅前はキラメッセがなにやら騒がしかったね。プロレスでもやってんのかな。プロレスの巡業だけはやたらこの地方都市にはやってくるよね。行ったことないけど。
電車は40分後、清水駅に到着。向いの座席のおっちゃんもシーチケの束をバッグから取り出していたりと、電車内のあちこちにエスパルスの雰囲気があった。改札を出たら、とりあえずコンビニで水1リットル購入。喉渇くから。
シャトルバスは5分ぐらい待たされたかな。そして20分ぐらいかかって、バスは清水の港や山を登って日本平スタジアムへ。バスを降りるともう2時半になっている。意外と清水駅に着いてから時間がかかるのだ。日本のサッカースタジアムはどこも不便な場所にしかない宿命。野球場のアクセス良さには敵いません。
入場して二階ゴール裏へ。一見して全席埋まっているのだが、最上段に行けば、割とあちこち空いているのがわかる。最初に決めた席はビッグフラッグの束よりも上の段で、隣のちびっ子がうるさかったので、すぐに移動。今日は祝日だから、幼児をつれた若いお父さんお母さんが多いわ。幼児天国。幼児のみなさんにとっては、正面を見ればいい一階ゴール裏のほうが眺めがいいはずなのだが、親は自分らの傾斜優先で二階ゴール裏に来てしまうんだね。それが人のさがよ。俺も二階のほうが好きだししょうがない。サッカー専用スタジアムにて垂直二階建て方式のゴール裏は、眺めがいいもの本当に。なおかつウルトラゾーン。
移動した先は、六段ぐらい下がった半ば。たすきエリア。今日はコールリーダーをいつもの人ではなく、よく近くに座る兄ちゃんがやってたな。去年の天皇杯準決勝がエコパであったとき、前の座席にいて勝利の握手を交わしたり、ついこないだのホーム開幕戦でまさに隣の座席にいて、ゴールでハイタッチしまくった彼だ。どういう経緯でコールリーダーをやっているのかは知らないが、随分出世したものだ。
エスパルスのゴール裏はシャペウという打楽器音楽隊が曲を先攻してしまったり、負傷者や好プレーに対する選手名コールも、別の太鼓もちの人らが先攻してコールしたりで、あまりコールリーダーの役割が重くない。コールリーダーが後追いになることが多い。
相手のゴール裏を見るが、やはりジェフは来客少ないな。エスパルスと同じオリジナル10だが、サッカー専用スタジアムもできたことだし、ジェフユナイテッド千葉も動員を増やしてほしいもんです。
キックオフ。まあ割と良い流れかなあと思っていると、ジェフの阿部がゴール前でGK西部と一対一に。こりゃピンチと思ったら、阿部がすてーんと前のめりに転んで、よしよしと安心しかけたとき、審判がイエローカードを出してGK西部に近寄り、PKを宣告。そりゃないぜ。ふだんめったに野次など飛ばさない俺なのだが、さすがに目の前で起こったシミュレーション行為に憤慨。ゴール裏も激しい野次の嵐。ブーイングに収まらない。残念ながら阿部は確実にPKを決めてジェフが一点リード。アベッカムずるいぞ。
これまで無失点で来ていたので、PKで失点するとは非常に残念だが、そんなときこそ応援に熱が入る。飛び跳ねて大声で歌う。するとすぐに今度はエスパルスがPKをゲット。遠くのゴール裏だから、経緯はよくわからなや。マルキーニョスが落ち着いて決めて同点に。短い時間内に両チームが甘い形でPKをゲットして一点ずつ獲得。なんじゃらほい。また試合は振り出しに。マルキーニョスがゴールを決めたが、PKだったせいか、あんまし周りの人たちも興奮する様子がなく、そもそも俺が試合開始30分前にしか来てないから、たすきエリアといってもちょっとおとなしい雰囲気だったこともあり、あんま盛り上がれなかったな。タスキも麓の方で担いでる人らは興奮してた。うらやましい。どうもやっぱり俺の周りが幼児連ればかりなもので。
ハーフタイムには水をがぶがぶ飲んだ。喉枯れる。
後半に入ると、今度は陣地交換で、今度は自分らに近い側にエスパルスが攻撃してくることになる。相次ぐシュート。だがなかなか決まらない。試合終了が近づき、ドローの気配がしてきたとき、エスパルスがセットプレーのチャンス。よっしゃ決めたれ、とばかりゴールコールなのだが、ボールはジェフの選手に当たって跳ね返った。そのボールを処理する過程で近距離で簡単なバックパスをしたところ、受けて側のベテラン伊東がずるっと滑ってボールに追いつけない。そこをジェフの選手がボールを奪い、そのままハーフラインよりも手前からエスパルスゴールに向かって独走。みんな走るが追いつけない。西部も前に出てきて一対一になるも、ジェフはさらりとゴールを決めてしまったよ。ああ。
試合終了。開幕三戦全勝で来ていたが、ついに敗戦となった。ドローにできる試合だった。あのテルのずっこけは先日芝生の上を歩いた俺としては、なんとなくわかるものだった。芝は運動する人に優しいけれど、滑るものね。名古屋戦では玉田がずるずるすべりまくってたけど、いざ自分とこの選手が滑って失点すると痛いわ。それがテルだと誰も文句をつけられず、これまで三連勝の最大の功労者が水を挿した格好となった。
試合が終わったあとは、また一階ゴール裏へ移動。こちらはさらに子供ばかりだ。わんさか子供天国。マナーの良い子、悪童さまざま。最初に現れたのが、ジェフのオシム監督だった。オシムは横にでかいな。顔もでかい。オシムの存在感はでかい。そのあとエスパルスの選手達が黒ずくめで出てくる。今日はインタビューも少なめ。それよりも、怪我をしている選手が多く不安。市川など片足首に太い包帯をまいて、足をひきずりながら選手バスへ。どうも負傷者が多い。
今日は選手バスは見送らず、歩きで帰ることに。一度くらいシャトルバスを使わないで帰ろうと前から思っていたのだ。坂は順調に下り、その辺りはまだ人もちらほらいた。前を歩いていた家族がすぐ近くの家だったのは笑えた。これは便利。坂を降り切ったところの交差点で信号待ちをしている、オレンジ色の縦に長い選手バスがやってきた。薄く黒ににごった窓ガラス越しに選手達が休む。
そして片側二車線の大通りの歩道を歩き出すと、もう周りに誰もいないの。バスで走ってたときは、あっという間な感じがしたけど、実際は長いは。坂道なんかはバスだと渋滞しちゃって、歩きの方が早いぐらいだけど、大通りをバスなら短時間で進んでいたのだろうが、歩きだといくら歩けども一向に距離が減らないね。寂しくなってきたよ。さすがバス300円分の距離だ。舐めてました。通行車両は多いのに、歩道に人がいないもの。くたくたになってエスパルスドリームハウスへ。
清水店に行くのは初めて。天井がやたら高い。レジを見たら沼津店と同じ店員の女性がいた。なるほどねえ。売ってるものは、量が違うけど基本的に沼津店と同じだね。だが大きく違うのが天井から吊るされたテレビモニター。店内にモニターが幾つかあって、大きいものから小さいものまで。今日の試合をさっそくやっていた。
レジを越えた側はサッカーのテレビゲームがやれるゲーセンだった。その先には広場がある。椅子が並べられ、正面には超特大の映画館サイズのモニターが。そこでも今日の試合がやっていた。これは店内の照明を消さないとはっきり見えないのだろう。ちょっと画像が薄すぎて、せっかくの大画面がもったいない。しかも、「ここから先はカフェなので、ドリンクを注文してください」との但し書きが。アルコール類を結構な値段で扱っている様子。にらみを利かされる前に退散。
そのあとは、通りの向かいにあるエスパルスドリームプラザへ。ここも初めてだ。駐車場を見たらジェフ後援会バスが停まっていた。中に入ると黄色いユニのジェフサポが結構いる。一階は有名な寿司横丁。寿司屋がたくさん軒を連ねる。だが人気があるのは魚河岸寿司ばかり。長蛇の列。他の寿司屋の若い女性店員が必死に呼び込むも、誰もなびかない。値段は高い。まあ普通の寿司屋だからね。寿司屋だと思えば予算3000円ぐらいで済みそうで安いのかもしれないが、回転寿司になれている身としては、やっぱ一食にそんんなに出せないよ。
二階はいろいろテナントが入っている。猫に無理やり服を着せた写真が大昔に流行ったけれど、その名残というべきか、猫のぬいぐるみ等の専門店があった。その先にはペットの餌等の店。あとはおもちゃだろうか。マックやすがきやも。
三階は騒音の洪水であるゲームセンター。その先にはちびまるこちゃんやサッカーのテーマパークがあったが有料なので入らなかった。サッカーショップでは、エスパルスだけでなく日本代表のグッズも多数揃えていた。気を引かれたのは、パペットパルちゃん。買おうかどうか悩んだけれど、俺がパペットパルちゃん持っていてもなあとつまらなく思い、買うのをやめた。そのくせいまだにほしい気持ちもある。今年は生産しないみたいだし、あの数体が最後か。次に来たときもまだあるだろうか。ないかな。ないならないでいいよ。1500円もするし。
四階は流行の複合型映画館。これが地元にもできるのだ。飯は二階のラーメン屋で食べたが、夜の七時のディナータイムだというのに、あんなにドリームプラザ内には客がわんさかいるというのに、ラーメン屋の客は俺一人。食べて納得、うまくない。東京の名物ラーメンを食べている身としては、このラーメンじゃ客がもう一度来ようとしないだろうという代物。まずいというより無味無臭な感じ。すがきやの方が良かったぜ。
帰りは無料バスがあると聞いていたが、無料バスがえらく混んだ。早く来て座っておいて正解。バスの運転手はバス会社のきちんとした身なりの人間でなく、粗野な感じのロンゲ親父だった。清水駅に到着。
清水駅にやってきた電車は19時45分発の東京行きだった。東京まで行く各駅停車は珍しい。やってきた電車は高級。これはもしやムーンライトながらになるやつでは。普通車なのに中はもうグリーン車並のグレイド。新幹線の自由席みたい。背もたれも後ろに倒せるし、前には足載せもあるし、こりゃ楽ちん。ドリームプラザで買ったバナナチョコたい焼きを食べる。地元の駅まであっという間よ。体が楽だから。
自転車で自宅に。ワールドベースボールの結果をどうせどこかで聞いてしまうんだろうなと思っていたが、意外にも一切経過を聞かずに帰ってこれた。これ幸い。ビデオをさっそく見た。試合は波乱。そのまま楽に勝てるのだろうと思ってたら一点差まで追いつかれてるじゃん。でもその後突き放す。九階裏の最後空振り三振をとって、わーやったーと選手が駆け寄り、王監督が胴上げされているシーンの途中で、ばっと画面が切り替わってエスパルスの試合が始まったよ。つまり15時まで野球で、15時からはチャンネルを変えてエスパルスの生中継を録画にしておいたのだけど、まさに15時ぎりぎりで野球が終わっていたのだ。良かった。途中で切れてたらもやもやしてたよ。
サッカーの方は伊東テルの失点シーンを何度も巻き戻して繰り返し見た。伊東テルの滑ってしまったことはもちろんだけど、なぜにMFの伊東テルが最終ラインなのか。DFの最終ラインはどこに行ったやら。ハーフラインの内側にはセンターバックすら残っていない。上がり過ぎだ。伊東テルが唯一感ずいて最終ラインに留まっていたのだ。上がり過ぎてしまえばオフサイドをかけられるので、かえって安全ということなのだろうが、ドリブル突破されてしまったわけだ。最終ラインでの無意味なパス回しというわけでもない。伊東テルからのパスはまた伊東にすぐ戻さざるを得ない。三人に囲まれたからね、ゾーンプレス。うーん、どうなのだろう。どうすれば回避できたかについて答えがでない。滑らなきゃ良かったわけだけど、たった一度のミスだけで失点に結びついてしまっては。それが最終ラインだといえばそれまでだが、なぜにMFのテルが最終ラインやってんのさ。ああもう難しい。
そんな感じでそろそろ眠い。エスパルスは勝ち点9で3位に後退。それでもまだ3位なんだね。

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